専門的な美術教育を受けていない人や障害者らによる造形表現は、ヨーロッパで20世紀半ばに芸術として見いだされ、「アール・ブリュット」と呼ばれる。日本でも1980年代から、知的障害者らの作品を中心に注目されるようになった。その関心の広がりを示す多彩な展覧会がこの夏、各地で開かれている。
先史時代の出土品やアフリカの民族資料が、福祉施設で生まれた作品と隣り合う。川崎市岡本太郎美術館で開かれている企画展「岡本太郎とアール・ブリュット」(10月5日まで)の展示風景だ。例えば、大川誠が羊毛から作り上げたカラフルな人形の数々は、アフリカの仮面と共鳴して呪術的な力を放つ。細かい突起に覆われた鎌江一美の陶像は、隣に置かれた縄文土器の土俗的な装飾を現代によみがえらせたかのようだ。
企画に協力した美術家の中津川浩章さんは長年、福祉施設で制作する人々を支援してきた。「彼らの作品を、時代や国、障害の有無を超えた表現の地平に置くと、人間の普遍性としての表現が見えてくる」と話す。
今年6月、福島県猪苗代町に誕生した「はじまりの美術館」は、「すべての人が表現者」という理念を掲げて社会福祉法人が運営する。開館記念展「手づくり本仕込みゲイジュツ」(10月13日まで)は、福祉施設などで制作する5人と現代美術の若手作家3人のグループ展だ。
福祉系の展示施設では、滋賀県近江八幡市の「ボーダレス・アートミュージアムNO―MA」が2004年から先駆的な活動を続ける。06年に施設の関係者がスイスの美術館「アール・ブリュット・コレクション」を訪問した際に、持参した障害者らの作品が評価された。それがきっかけで、08年にスイスで、10年にはフランスで日本のアール・ブリュット展を開催。国内でも巡回展があり、一般の関心を呼び起こした。
現在は、高齢もテーマに加えた「快走老人録2」展を開催中(11月24日まで)。施設を運営する社会福祉法人グローの田端一恵・企画事業部次長は「福祉の立場を強みとしていろいろな、アール・ブリュットを見つけ、発信を続けていきたい」と話す。
東京都美術館の「楽園としての芸術」展(10月8日まで)は、ダウン症などの障害をもつ人々の表現に焦点をあてる。小箱から椅子や冷蔵庫までをカラフルな布地で覆いつくす倉俣晴子や、糸で刺繍(ししゅう)した小さな布地をびんや缶に宝石のように収める下川智美らの作品からは、作ることの喜びが伝わってくる。
中原淳行学芸員は「自由な表現に心を揺さぶられる。そうした作品がアトリエで日常的に生まれているのは奇跡のよう」と、作り手を支える環境の重要性を示唆する。
同展はアール・ブリュットをうたっていない。「本来は精神障害者や囚人の作品を対象にした概念で、葛藤や暴力的な衝動を秘めているものが多い」(中原学芸員)という理由からだ。一方、「岡本太郎と――」展は、アール・ブリュットの訳語「生(き)の芸術」を読み換えて「生(せい)の芸術の地平へ」という副題を掲げる。障害者らの表現を、「(芸術は)人間の根源に根ざしたエネルギーが生み出す」と語った岡本の思想に接続する試みだろう。
日本でアール・ブリュットと目されるのは、知的障害者らの作品が多く、表現は総じて向日的だ。呼称としての適否は別にして、アール・ブリュットは日本で独自の展開を見せている。
2014年8月20日16時30分 朝日新聞
先史時代の出土品やアフリカの民族資料が、福祉施設で生まれた作品と隣り合う。川崎市岡本太郎美術館で開かれている企画展「岡本太郎とアール・ブリュット」(10月5日まで)の展示風景だ。例えば、大川誠が羊毛から作り上げたカラフルな人形の数々は、アフリカの仮面と共鳴して呪術的な力を放つ。細かい突起に覆われた鎌江一美の陶像は、隣に置かれた縄文土器の土俗的な装飾を現代によみがえらせたかのようだ。
企画に協力した美術家の中津川浩章さんは長年、福祉施設で制作する人々を支援してきた。「彼らの作品を、時代や国、障害の有無を超えた表現の地平に置くと、人間の普遍性としての表現が見えてくる」と話す。
今年6月、福島県猪苗代町に誕生した「はじまりの美術館」は、「すべての人が表現者」という理念を掲げて社会福祉法人が運営する。開館記念展「手づくり本仕込みゲイジュツ」(10月13日まで)は、福祉施設などで制作する5人と現代美術の若手作家3人のグループ展だ。
福祉系の展示施設では、滋賀県近江八幡市の「ボーダレス・アートミュージアムNO―MA」が2004年から先駆的な活動を続ける。06年に施設の関係者がスイスの美術館「アール・ブリュット・コレクション」を訪問した際に、持参した障害者らの作品が評価された。それがきっかけで、08年にスイスで、10年にはフランスで日本のアール・ブリュット展を開催。国内でも巡回展があり、一般の関心を呼び起こした。
現在は、高齢もテーマに加えた「快走老人録2」展を開催中(11月24日まで)。施設を運営する社会福祉法人グローの田端一恵・企画事業部次長は「福祉の立場を強みとしていろいろな、アール・ブリュットを見つけ、発信を続けていきたい」と話す。
東京都美術館の「楽園としての芸術」展(10月8日まで)は、ダウン症などの障害をもつ人々の表現に焦点をあてる。小箱から椅子や冷蔵庫までをカラフルな布地で覆いつくす倉俣晴子や、糸で刺繍(ししゅう)した小さな布地をびんや缶に宝石のように収める下川智美らの作品からは、作ることの喜びが伝わってくる。
中原淳行学芸員は「自由な表現に心を揺さぶられる。そうした作品がアトリエで日常的に生まれているのは奇跡のよう」と、作り手を支える環境の重要性を示唆する。
同展はアール・ブリュットをうたっていない。「本来は精神障害者や囚人の作品を対象にした概念で、葛藤や暴力的な衝動を秘めているものが多い」(中原学芸員)という理由からだ。一方、「岡本太郎と――」展は、アール・ブリュットの訳語「生(き)の芸術」を読み換えて「生(せい)の芸術の地平へ」という副題を掲げる。障害者らの表現を、「(芸術は)人間の根源に根ざしたエネルギーが生み出す」と語った岡本の思想に接続する試みだろう。
日本でアール・ブリュットと目されるのは、知的障害者らの作品が多く、表現は総じて向日的だ。呼称としての適否は別にして、アール・ブリュットは日本で独自の展開を見せている。
2014年8月20日16時30分 朝日新聞