この連休には山の景色を楽しもうという向きも多いのではないだろうか。レジャーとしての登山が楽しまれる一方、登山家は全身をフルに使って頂上を目指すが、かつて手足のない人物がキリマンジャロの登頂に成功している。いったい彼は、どのようにしてアフリカ大陸最高峰を制することができたのか? そして山頂を目指す意志の原動力とは——?
■先天性四肢切断の身体で挑む「ミッション・キリマンジャロ」
生まれつきヒジから先の腕がなく、ヒザから下の脚がない「先天性四肢欠損」という症状を抱える米国人、カイル・メイナード氏。「何でもできるんだ!(Everything is possible!)」をモットーとする彼は、2012年にキリマンジャロの登頂に成功した。
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かねてよりレスリングや柔道、ウェイトリフティングなどの競技に精通し、身体的ハンディキャップに真っ向から挑む勇敢な人物としてメディアで多く取り上げられ、各地で講演を行いベストセラーの著書も持つメイナード氏。そんな忙しい日々の中で孤独と疲れを感じていたある夜、空港で2人組の男性が自分のことを見ていることに気づいたという。
彼らの顔や身体には酷い傷跡があった。近づいて話を聞いてみると、2人はイラクからの帰還兵であることがわかった。戦地で軍用車両に乗車中、ロケット弾の攻撃を受けて負傷し、帰還を命じられた兵士たちだったのだ。身体の傷に加えて精神面でのダメージが極めて深刻で、医師からは1年間の集中的なリハビリが必要であると告げられていた。
2人は一緒に自殺することも考えたというが、偶然テレビでメイナード氏のドキュメンタリー番組を見て考えを改めたという。ハンディキャップに立ち向かうメイナード氏の姿に心を打たれ、彼らは自分の人生を取り戻す闘いをはじめる決意を固めたのだ。
負傷兵を勇気づけることができ、感激を覚えたメイナード氏。ところが気になって調べてみれば、PTSD(心的外傷後ストレス障害)が原因で毎日18人の帰還兵が自殺しているという驚くべきデータを知ることになる。年間を通して、なんと6,570人もの帰還兵が自ら命を絶っているのだ。
これらPTSDを抱えた帰還兵たちを助けることはできないかと考えたメイナード氏は、「何でもできるんだ!」ということを証明してみせることが必要だと思い立った。そこで企画されたのが、キリマンジャロの登頂を目指す「ミッション・キリマンジャロ」なのだ。
■登山のために最高の装備を入手する
日常的に身体をじゅうぶんに鍛えていたメイナード氏にとって、体力面での不安はなかった。しかし、それでもゴツゴツした溶岩石が敷き詰められたキリマンジャロのデコボコ斜面を這って登るためには、特殊な装備を考案する必要があった。
手足の先端を完全に保護し、なおかつ斜面を登りやすい“靴”を開発するため、メイナード氏はタオルや鍋つかみ用の手袋、溶接用腕カバーなどの既製品にあれこれ工夫を加えてみたものの、あまりしっくりとくるものはできなかったという。ついにはカヌーのコクピット部分だけを使って台車タイプの車椅子を作れないかとも考えたが、その試みもうまくはいかなかった。
結局のところ、義肢の専門家の助力を仰ぐことになったが、さすがはプロということで、取り外し可能なスパイクによって氷の斜面にも対応できるカーボンファイバー製の義肢を開発してくれた。しかも、このミッションに賛同して費用も負担してくれたのである。
「彼らは奇跡の職人だよ!」とメイナード氏は感激の言葉をあらわしている。こうして最高の装備を入手したメイナード氏は、自身を含め9人から成る登山チームを結成して、タンザニア北東部にそびえるキリマンジャロへと向かったのだ。
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■登山チームにいた“10番目のメンバー”
キリマンジャロ登山において、低地ではモンスーン気候の湿った山道を登り、森林限界高度に達してからは月面のような荒涼たる岩石の中を進んでいくことになる。高度4200mに達したところで、メイナード氏のチームはルートの分岐点にさしかかったが、たとえ距離は伸びても安全第一のルートを選択して着実に山を登っていった。
登山計画では、1日に900m分の高度をクリアする必要がある。チームは毎朝3時に出発し、午後の4時まで休むことなく登り続けた。
そして、この登山チームに実はもう1名の“メンバー”がいた。アフガニスタン戦争で命を落とした元陸軍上等兵、コリー・ジョンソンさんの遺灰である。それは紐のついた小さなポーチに入れられ、メンバーの1人が首から下げていたのだ。
戦地での任務中に現地の子どもを見かけると、いつもポケット一杯に入っていたキャンディーをあげていたというジョンソンさんは、カンダハールで武装勢力に襲撃されて戦死を遂げる。28歳であった。当時、故郷では妊娠中の妻と2人の子どもが待つ身でもあった。
メイナード氏は以前、偶然にもジムでジョンソンさんの母親と知り合いになり、彼女から「死んだ息子は旅行好きで、かつて『キリマンジャロを見たい』と言っていた」と明かされたのだった。実はこの「ミッション・キリマンジャロ」は、今は亡きコリー・ジョンソンさんの夢を叶える旅でもあったというわけだ。
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登山開始から9日目、ジョンソンさんの遺灰はメイナード氏に託されることになった。登山最終日、メイナード氏は紐を首にかけてポーチをジャケットの奥に仕舞い込んでから山頂に挑んだ。
「山頂を目指す中で、彼から大きなエネルギーをもらいました」とメイナード氏は語る。朝4時に出発して3時間後となる7時15分、ついにキリマンジャロの頂きに到達した。
吸い込まれそうな青い空、近くに感じられる太陽の輝き——山頂からの壮観に一行は立ちすくむ。振りまかれたジョンソンさんの遺灰は風に乗って消えていった。
前代未聞の偉業を成し遂げたメイナード氏は、「彼(ジョンソンさんの遺灰)はチームの10番目のメンバーでした」と振り返るとともに、改めて「何でもできるんだ!」と力強く訴える。特にPTSDで苦しむ帰還兵に声が届くことを望んでいるが、そのメッセージはより多くの人の心を動かしている。どんなに高い山であれ、登り続けていればいつか夢が叶うことをその身で示したメイナード氏の偉業に感銘を受けるとともに、アメリカ社会の深刻なPTSD問題に対する認識を新たにする話題でもあるだろう。
TOCANA (風刺記事) (プレスリリース)