中央省庁による障害者雇用の水増し問題を受け、改正障害者雇用促進法が7日、参院本会議で全会一致で可決、成立した。省庁が不適切計上をしないよう厚生労働省に調査権限を付与することなどが柱だが、国会審議では、問題が発覚した昨秋以降に採用された障害者2518人のうち、131人が退職したことも明らかになった。専門家は「障害者に定着してもらえる職場づくりが最重要だ」と話す。
改正法成立 定着が課題
「数日間にわたって指示を与えられず、用無しだと感じてしまった」
5月に国土交通省の出先機関に採用され、同月中に退職した40歳代の女性はこう話す。
精神障害を持つ女性は、薬品製造会社の嘱託社員として働いていたが、ハローワークの勧めで出先機関に就職した。最初の数日間は資料整理などの指示を受けたが、その後は上司から「ちょっと待っていて」と繰り返された。同省のホームページを見ながら過ごしたという。会社では正社員と同じ経理の仕事を任されていたといい、女性は「(出先機関の)上司は私に仕事を任せるのが不安なのだと感じた。与えられた仕事をこなす自信はあるので、また企業の就職先を探すつもり」と話した。
水増し問題で法定雇用率に達していないことが判明した省庁は、4月までに計2518人を緊急で雇用したが、参院の審議では131人(5・2%)がすでに退職していることが明らかになった。民間企業では雇用から1か月以内に退職する障害者が約6%いるとの調査結果もあるが、厚労省は配慮が不十分な可能性もあるとみて、131人が退職した原因を分析する。
819人を採用し、すでに退職者が79人(退職率9・6%)に上っている国税庁では、資料整理やデータ入力などを任せていた。
退職の理由は「職場や仕事が合わない」「家庭の事情」など様々だったというが、担当者は「多数の雇用で、職場側の戸惑いもある。職員向けの研修を重ね、障害者に長く働きたいと思ってもらえる雰囲気を作っていきたい」と話す。
一方、環境省は4月に「協働推進室」を設置し、障害者6人の備品購入や文書校閲などの仕事をサポート。視覚障害を持つ40歳代の男性はホームページの音声読み上げ機能の聞き取りやすさをチェックしており、「上司に質問や体調の相談をすぐにできるので安心」と笑顔を見せる。防衛省は社会福祉士2人を新規に採用し、障害を抱えた職員だけでなく上司や同僚からの相談にも対応するという。
大妻女子大の小川浩教授(障害者福祉)は「障害者の定着率を上げるために最も重要かつ難しいのは、お金をかければできるハード面の整備ではなく、職場の配慮を広げること。まずは131人の退職理由を障害の種類や業務の内容ごとに丁寧に分析し、各省庁の課題を浮き彫りにして、職員の意識を高めていく必要がある」と話している。
◆障害者雇用の水増し問題=昨年8月、中央省庁が障害者手帳を持たない職員らを不適切に計上し、障害者雇用促進法で義務づけられた障害者の雇用割合(法定雇用率、2.5%)を満たしていなかったことが発覚。昨年6月時点で計3875人の不足がわかり、各省庁で緊急雇用を進めている。今年4月までに2518人が採用され、そのうち約7割が非常勤。
民間からの「流出」多数
中央省庁の緊急雇用により、民間企業から障害者人材が多数「流出」したことも明らかになった。
厚生労働省によると、各省庁が4月までに緊急に雇用した障害者のうち337人は、民間企業からの転職者だった。企業からは「自社の法定雇用率の達成が困難になった」などの意見が寄せられているといい、厚労省は今年に限り、法定雇用率を下回った企業に対する適正実施勧告や企業名公表を猶予することにした。
トヨタ自動車の特例子会社で障害者約270人が勤める「トヨタループス」(愛知県豊田市)でも約5年間勤めた精神障害の男性社員が3月、ある省へと転職した。有村秀一社長(59)は「本人の希望なので応援しているが、戦力となる経験者を失うのは会社としては痛い。せめて省庁には、転職者が民間で培った能力を発揮して長く働けるようにしてほしい」と訴える。
読売新聞 (2019年06月07日)