多くの野党は公正な分配を錦の御旗に掲げているが、分配を最優先させる発想こそ日本の活力を殺ぎ、結局はデフレ経済を深刻化させて逆に分配する原資を失わせてしまう。
格好の例がある。知的障害者の自立支援だ。
社会的に最も立場の弱い人たちであり、国を挙げて保護していかなければならない。しかし、カネをばら撒くだけでは全く自立支援にならず、むしろ逆効果になっているという現実がある。
知的障害者の自立支援をビジネス、つまり営利目的で取り組んでいるエスプール(JASDAQ 2471)の浦上荘平社長は次のように話す。
「本当にひどい話なんですよ。国や都道府県の補助金をもらって知的障害者に職業訓練を施して就労を促す就労移行という取り組みがあるのですが、はっきり言って補助金をもらいながら知的障害者の就労を妨害しているのです」
知的障害者の大半は中学を卒業すると養護学校に行き、ここで障害の程度によって就労できる人と難しい人に分けられるという。
そして就労が難しいと判断された人は、養護学校を卒業すると就労移行という施設に移ってさらに時間をかけながら就労のチャンスを探す。
「就労移行を行っている施設では、都道府県から1人当たり決まった額の補助金が入ってきます。また、そこでは封筒貼りやパンを焼いたりするなどの作業を知的障害者の人たちにさせて、それも収入にしています」
「施設にとっては補助金と売り上げの2つが収益の柱になっている。しかし、知的障害者にとっては、正式に就職しているわけではないから月に5000円とか1万円程度のお小遣いしかもらえない」
つまり、就労移行という名前の下で事実上は知的障害者に仕事をさせながら、労働に見合った報酬を支払っていないというのだ。
「私たちは2011年に千葉県市原市にわーくはぴねす農園という株式会社を作りました。そこではハウスの中で知的障害者を使ってトマトやきゅうりなどの農産物を作っています」
「利益を追求する普通の企業なので、もちろんここで働く人には国が定めた最低賃金以上の報酬を支払っています。そして利益も出している。で、もっと人を採用したいと思っているんです。ところが・・・」
「企業で働けるような人材はうちにはいない」と門前払い
「就労移行のサービスを行っている施設に、私たちの会社に就職してもらえないかとお願いに行くと、たいていは断られてしまうんですよ。企業で働けるような人はうちにはいない、と」
「でも施設の奥を覗くと、知的障害者の人たちが100人以上も“働いて”いたりする。本人たちは企業に就職したいと思っているはずだし、家族の人たちもそうですよね。でも、施設の意向で、人材はいないと言われてしまう」
施設にすれば、施設にいる障害者に就職されてしまうと都道府県からの補助金がなくなり、さらにはお小遣い程度で働かせていた収入の2つが同時になくなる。施設運営の死活問題となるために、こういう対応に出るというのだ。
全くもって本末転倒な話である。何のための補助金なのか。知的障害者の就職支援のためではなく、健常者が運営する施設を守るために使われているとしか言いようがない。
「こうした施設を運営しているのは養護学校を退職した人たちが多いんです。言わば天下り的な位置づけになってしまっている。コネで養護学校の卒業生を受け入れて、補助金と販売収入で自分たちの報酬は稼ぎ、そのポストは養護学校の後輩に引き継いでいく」
社会的に弱い立場の知的障害者に補助金を出すことは悪いことではない。しかし、「社会的弱者のために分配を」という左翼的な正義感が、実は弱者保護どころか健常者がその補助金目当てに群がるいう結果を招いているのだ。
弱い人たちは守らなければならない。しかし、本当に働けない人は別として、企業活動という枠組みの中で、雇用される側も雇用する側も知恵を絞り利益を上げていくという努力を通じないと、こうなりやすい。
前に紹介した『ピーター・ドラッカー マーケターの罪と罰』という本の中で、ドラッカーが利益を追求する企業だけが新しい価値を創造できると何度も指摘しているように、分配だけでは社会を豊かにはできないのである。
その意味で、エスプールはまさに企業家の視点で知的障害者の就労支援を始めたことに意義がある。知的障害者の就労のための知恵を絞り、労働市場を新たに作り出しただけでなく、企業として利益も生み出している。
企業が参加して利益を追求すれば国の負担は減る
1人でも多くの知的障害者が企業で働けるようになれば、国や地方自治体が出す就労移行のための補助金を減らすことにもつながる。企業の利益追求が新しい価値を生み出し、社会コストを下げているのだ。
エスプールが展開するわーくはぴねす農園は、2011年にスタート。しかし、その直後に東日本大震災があって、当初は鳴かず飛ばずの状態が続いていた。しかし、知的障害者が働けるという話が口コミで広がり、昨年あたりから急に引き合いが増えたそうだ。
4000坪(1坪は3.3平方メートル)の敷地に700〜800坪のハウスを2つ建ててトマトやほうれん草などの野菜を生産してきたが、今年に入ってさらにハウス2つを新設した。「この事業は完全に軌道に乗ったと思っています」と浦上社長は話す。
「農作業というのは、知的障害者の仕事として向いていると思います。彼らは同じ作業を繰り返すのは得意でしょう。農業は比較的単純作業が続くし、かつ対象が植物だから工業製品などと違って危険も少ないし、自然に入っていきやすい」
ハウス内は土の上に野菜が植えられているのではなく、発泡スチロールでできた土台に軽い石を敷き詰めて養分の入った水を流して栽培する方式を取っている。土で栽培すると鍬や鍬のような金属の道具やトラクターのような機械を使う必要があって危険という判断からだ。
「万が一転んでも怪我をしないように養液栽培を選びました。つまりは野菜工場ですよね。これだと施設内もクリーンだし、1年間に7回も収穫できるんですよ。今までに手を切るような怪我をしたという人は1人もいません。安全と清潔をモットーにしています」
わーくはぴねす農園が好調なのはもう1つ別の理由がある。国による規制の強化である。
今年4月1日から、一定規模以上の企業は障害者の雇用を増やさなければならなくなったのである。具体的には、全従業員に占める障害者雇用の割合が1.8%から2.0%に引き上げられた。さらにその規制を受ける企業の規模も従業員56人以上の企業から、50人以上に引き下げられた。
この規制は毎年のように強化されてきた。
大都市では身体障害者が足りなくなった?
「私たちが当初、この事業を企画したときには300人以上の企業が対象だったんです。しかも障害者雇用率は1.6%だった。それが企業規模が従業員200人以上に引き下げられ雇用率は1.8%に上がった。それが、いまは50人で2.0%ですからね」
「200人に企業規模が引き下げられた際には、別の大きな規制も加わりました」
「パートやアルバイトの雇用数も0.5人分として従業員数に参入しなければならなくなったのです。これは飲食店やホテルなどアルバイトやパート社員が多い企業には衝撃でした。それまで規制の対象外だっのに一気に規制対象になってしまったから」
こうした規制の強化は日本に不思議な現象を引き起こした。身体障害者の人材不足である。
「大企業がひしめく東京では、なかなか身体障害者を雇用できません。本当にいないんですよ。例えば、都内で体の一部を失うようなちょっと大きな交通事故が起きるでしょう。そうすると企業の担当者は病院に飛んで行く。そして、うちで働きませんかと勧誘するんです。病院のリハビリ施設などにはそれこそ企業の採用担当がうようよいますよ」
最近はパソコンでできる仕事が増えたこともあり、脳に障害のない身体障害者ならば健常者と同じように仕事ができる。もし規制を守れなければ「納付金」と呼ばれる多額の反則金を国に納めなければならない企業にとって、身体障害者は宝の山となる。
病院に押しかけてまで“青田刈り”する必然性があるのだ。規制は強まる一方のため、人材の需要はますます逼迫し、給与水準などの条件は健常者とほとんど変わらないという。
一方、知的障害者の場合は事情が全く異なる。健常者と同じような仕事は難しいうえに、コミュニケーションの難しい彼らには、できれば同じオフィスでは働いてほしくないと考えている経営者が多いからだ。知的障害者を雇うぐらいなら納付金を納めた方がいいとの思いは本音に近い。
実はここに目をつけたのがエスプールだった。
同じオフィスで働くのが難しいなら別の場所で別の仕事を作ってあげればいい。知的障害者にしても健常者と同じ職場ではなく、同じような人たちと共同で仕事ができた方が楽しいではないか。
そこで考えて設立したのがわーくはぴねす農園だった。実は、この農園はエスプールのものではない。元々はエスプールが土地を取得・造成して野菜工場をを作ったのだが、完成したハウス内の野菜生産ラインごとに分割して企業に売ってしまっているからである。
支えてくれる親が亡くなったあとが大問題
ここで働く知的障害者もエスプールが企業の委託を受けて採用しているのであって、エスプールが自社の社員として採用しているわけではない。そのため、同じハウス内でも企業ごとの賃金体系が異なるため生産ラインごとに作業者の賃金は微妙に違っている。
エスプールは、知的障害者が働ける野菜工場を企画し、それ作ったらラインごとに企業に販売する一方で、その野菜工場の運営の一切を企業から委託されているという形を取っているのだ。
こうすることによって、エスプールに委託している企業は自ら採用して仕事を作る手間をかけずに障害者雇用の規制をクリアすることができる。一方、エスプールはそれぞれの生産ラインは各企業に販売しているものの、運営は委託されているので大規模で効率的な生産ができるメリットがある。
一方、ここで働いている知的障害者にとっては、形の上では所属企業は違っても現実には同じ会社で働いているようなもの。強い仲間意識も生まれてお互いが助け合い、栽培方法を研究し合う理想的な職場が実現されている。
採れた野菜は農水省の規制のため一般の市場で販売することができないが、各企業が社員にに配ったり、イベントで使ったりしている。極めて低農薬で作られているため、各企業の社員の家族たちから引っ張りだこだという。
野菜の販売という直接見える形の収入はないものの、社員の福利厚生用として販売に匹敵する価値があるという評価だそうだ。もちろん、障害者雇用に厳しい企業という社会的な烙印を押されずに済むという効果も大きい。
これまで働く場がほとんどなかった知的障害者にとってのメリットはもっと多きい。1人当たりの報酬は勤務時間や所属企業によって異なるが、だいたい月に10万円程度の収入は得られるという。
これとは別に障害者年金が1人月に5〜6万円支給されているので、この収入と合わせれば月に15〜16万円の収入が得られることになる。
「知的障害を持った人の最大の問題は、支えてくれる親が亡くなったあとでした。障害者年金だけでは暮らせないので、ホームレスになったり、犯罪を犯してもいないのに罪を被って刑務所に入るケースが後を絶ちません。しかし、15〜16万円あれば自立して生活できる」
「社会のお荷物になるのか、それとも貢献して自立して生活できるのか。この差は実に大きいと思いますよ」
こう話すのはエスプールで障害者支援を担当している和田一紀執行役員だ。
選挙で票欲しさに分配を声高に主張するのは勝手だが、利益を上げることを目的とした企業の活動を活発化させない限り、国も社会も豊かにはなれない。デフレを続ければ現金を持っていた方が得するから、企業がリスクを取って活発に活動しなくなる。
年金や福祉の問題に直面している今、エスプールの障害者支援事業は、日本の進むべき道のあり方を私たちに示唆してくれているのではないか。
JBpress--2013.07.06(土)
格好の例がある。知的障害者の自立支援だ。
社会的に最も立場の弱い人たちであり、国を挙げて保護していかなければならない。しかし、カネをばら撒くだけでは全く自立支援にならず、むしろ逆効果になっているという現実がある。
知的障害者の自立支援をビジネス、つまり営利目的で取り組んでいるエスプール(JASDAQ 2471)の浦上荘平社長は次のように話す。
「本当にひどい話なんですよ。国や都道府県の補助金をもらって知的障害者に職業訓練を施して就労を促す就労移行という取り組みがあるのですが、はっきり言って補助金をもらいながら知的障害者の就労を妨害しているのです」
知的障害者の大半は中学を卒業すると養護学校に行き、ここで障害の程度によって就労できる人と難しい人に分けられるという。
そして就労が難しいと判断された人は、養護学校を卒業すると就労移行という施設に移ってさらに時間をかけながら就労のチャンスを探す。
「就労移行を行っている施設では、都道府県から1人当たり決まった額の補助金が入ってきます。また、そこでは封筒貼りやパンを焼いたりするなどの作業を知的障害者の人たちにさせて、それも収入にしています」
「施設にとっては補助金と売り上げの2つが収益の柱になっている。しかし、知的障害者にとっては、正式に就職しているわけではないから月に5000円とか1万円程度のお小遣いしかもらえない」
つまり、就労移行という名前の下で事実上は知的障害者に仕事をさせながら、労働に見合った報酬を支払っていないというのだ。
「私たちは2011年に千葉県市原市にわーくはぴねす農園という株式会社を作りました。そこではハウスの中で知的障害者を使ってトマトやきゅうりなどの農産物を作っています」
「利益を追求する普通の企業なので、もちろんここで働く人には国が定めた最低賃金以上の報酬を支払っています。そして利益も出している。で、もっと人を採用したいと思っているんです。ところが・・・」
「企業で働けるような人材はうちにはいない」と門前払い
「就労移行のサービスを行っている施設に、私たちの会社に就職してもらえないかとお願いに行くと、たいていは断られてしまうんですよ。企業で働けるような人はうちにはいない、と」
「でも施設の奥を覗くと、知的障害者の人たちが100人以上も“働いて”いたりする。本人たちは企業に就職したいと思っているはずだし、家族の人たちもそうですよね。でも、施設の意向で、人材はいないと言われてしまう」
施設にすれば、施設にいる障害者に就職されてしまうと都道府県からの補助金がなくなり、さらにはお小遣い程度で働かせていた収入の2つが同時になくなる。施設運営の死活問題となるために、こういう対応に出るというのだ。
全くもって本末転倒な話である。何のための補助金なのか。知的障害者の就職支援のためではなく、健常者が運営する施設を守るために使われているとしか言いようがない。
「こうした施設を運営しているのは養護学校を退職した人たちが多いんです。言わば天下り的な位置づけになってしまっている。コネで養護学校の卒業生を受け入れて、補助金と販売収入で自分たちの報酬は稼ぎ、そのポストは養護学校の後輩に引き継いでいく」
社会的に弱い立場の知的障害者に補助金を出すことは悪いことではない。しかし、「社会的弱者のために分配を」という左翼的な正義感が、実は弱者保護どころか健常者がその補助金目当てに群がるいう結果を招いているのだ。
弱い人たちは守らなければならない。しかし、本当に働けない人は別として、企業活動という枠組みの中で、雇用される側も雇用する側も知恵を絞り利益を上げていくという努力を通じないと、こうなりやすい。
前に紹介した『ピーター・ドラッカー マーケターの罪と罰』という本の中で、ドラッカーが利益を追求する企業だけが新しい価値を創造できると何度も指摘しているように、分配だけでは社会を豊かにはできないのである。
その意味で、エスプールはまさに企業家の視点で知的障害者の就労支援を始めたことに意義がある。知的障害者の就労のための知恵を絞り、労働市場を新たに作り出しただけでなく、企業として利益も生み出している。
企業が参加して利益を追求すれば国の負担は減る
1人でも多くの知的障害者が企業で働けるようになれば、国や地方自治体が出す就労移行のための補助金を減らすことにもつながる。企業の利益追求が新しい価値を生み出し、社会コストを下げているのだ。
エスプールが展開するわーくはぴねす農園は、2011年にスタート。しかし、その直後に東日本大震災があって、当初は鳴かず飛ばずの状態が続いていた。しかし、知的障害者が働けるという話が口コミで広がり、昨年あたりから急に引き合いが増えたそうだ。
4000坪(1坪は3.3平方メートル)の敷地に700〜800坪のハウスを2つ建ててトマトやほうれん草などの野菜を生産してきたが、今年に入ってさらにハウス2つを新設した。「この事業は完全に軌道に乗ったと思っています」と浦上社長は話す。
「農作業というのは、知的障害者の仕事として向いていると思います。彼らは同じ作業を繰り返すのは得意でしょう。農業は比較的単純作業が続くし、かつ対象が植物だから工業製品などと違って危険も少ないし、自然に入っていきやすい」
ハウス内は土の上に野菜が植えられているのではなく、発泡スチロールでできた土台に軽い石を敷き詰めて養分の入った水を流して栽培する方式を取っている。土で栽培すると鍬や鍬のような金属の道具やトラクターのような機械を使う必要があって危険という判断からだ。
「万が一転んでも怪我をしないように養液栽培を選びました。つまりは野菜工場ですよね。これだと施設内もクリーンだし、1年間に7回も収穫できるんですよ。今までに手を切るような怪我をしたという人は1人もいません。安全と清潔をモットーにしています」
わーくはぴねす農園が好調なのはもう1つ別の理由がある。国による規制の強化である。
今年4月1日から、一定規模以上の企業は障害者の雇用を増やさなければならなくなったのである。具体的には、全従業員に占める障害者雇用の割合が1.8%から2.0%に引き上げられた。さらにその規制を受ける企業の規模も従業員56人以上の企業から、50人以上に引き下げられた。
この規制は毎年のように強化されてきた。
大都市では身体障害者が足りなくなった?
「私たちが当初、この事業を企画したときには300人以上の企業が対象だったんです。しかも障害者雇用率は1.6%だった。それが企業規模が従業員200人以上に引き下げられ雇用率は1.8%に上がった。それが、いまは50人で2.0%ですからね」
「200人に企業規模が引き下げられた際には、別の大きな規制も加わりました」
「パートやアルバイトの雇用数も0.5人分として従業員数に参入しなければならなくなったのです。これは飲食店やホテルなどアルバイトやパート社員が多い企業には衝撃でした。それまで規制の対象外だっのに一気に規制対象になってしまったから」
こうした規制の強化は日本に不思議な現象を引き起こした。身体障害者の人材不足である。
「大企業がひしめく東京では、なかなか身体障害者を雇用できません。本当にいないんですよ。例えば、都内で体の一部を失うようなちょっと大きな交通事故が起きるでしょう。そうすると企業の担当者は病院に飛んで行く。そして、うちで働きませんかと勧誘するんです。病院のリハビリ施設などにはそれこそ企業の採用担当がうようよいますよ」
最近はパソコンでできる仕事が増えたこともあり、脳に障害のない身体障害者ならば健常者と同じように仕事ができる。もし規制を守れなければ「納付金」と呼ばれる多額の反則金を国に納めなければならない企業にとって、身体障害者は宝の山となる。
病院に押しかけてまで“青田刈り”する必然性があるのだ。規制は強まる一方のため、人材の需要はますます逼迫し、給与水準などの条件は健常者とほとんど変わらないという。
一方、知的障害者の場合は事情が全く異なる。健常者と同じような仕事は難しいうえに、コミュニケーションの難しい彼らには、できれば同じオフィスでは働いてほしくないと考えている経営者が多いからだ。知的障害者を雇うぐらいなら納付金を納めた方がいいとの思いは本音に近い。
実はここに目をつけたのがエスプールだった。
同じオフィスで働くのが難しいなら別の場所で別の仕事を作ってあげればいい。知的障害者にしても健常者と同じ職場ではなく、同じような人たちと共同で仕事ができた方が楽しいではないか。
そこで考えて設立したのがわーくはぴねす農園だった。実は、この農園はエスプールのものではない。元々はエスプールが土地を取得・造成して野菜工場をを作ったのだが、完成したハウス内の野菜生産ラインごとに分割して企業に売ってしまっているからである。
支えてくれる親が亡くなったあとが大問題
ここで働く知的障害者もエスプールが企業の委託を受けて採用しているのであって、エスプールが自社の社員として採用しているわけではない。そのため、同じハウス内でも企業ごとの賃金体系が異なるため生産ラインごとに作業者の賃金は微妙に違っている。
エスプールは、知的障害者が働ける野菜工場を企画し、それ作ったらラインごとに企業に販売する一方で、その野菜工場の運営の一切を企業から委託されているという形を取っているのだ。
こうすることによって、エスプールに委託している企業は自ら採用して仕事を作る手間をかけずに障害者雇用の規制をクリアすることができる。一方、エスプールはそれぞれの生産ラインは各企業に販売しているものの、運営は委託されているので大規模で効率的な生産ができるメリットがある。
一方、ここで働いている知的障害者にとっては、形の上では所属企業は違っても現実には同じ会社で働いているようなもの。強い仲間意識も生まれてお互いが助け合い、栽培方法を研究し合う理想的な職場が実現されている。
採れた野菜は農水省の規制のため一般の市場で販売することができないが、各企業が社員にに配ったり、イベントで使ったりしている。極めて低農薬で作られているため、各企業の社員の家族たちから引っ張りだこだという。
野菜の販売という直接見える形の収入はないものの、社員の福利厚生用として販売に匹敵する価値があるという評価だそうだ。もちろん、障害者雇用に厳しい企業という社会的な烙印を押されずに済むという効果も大きい。
これまで働く場がほとんどなかった知的障害者にとってのメリットはもっと多きい。1人当たりの報酬は勤務時間や所属企業によって異なるが、だいたい月に10万円程度の収入は得られるという。
これとは別に障害者年金が1人月に5〜6万円支給されているので、この収入と合わせれば月に15〜16万円の収入が得られることになる。
「知的障害を持った人の最大の問題は、支えてくれる親が亡くなったあとでした。障害者年金だけでは暮らせないので、ホームレスになったり、犯罪を犯してもいないのに罪を被って刑務所に入るケースが後を絶ちません。しかし、15〜16万円あれば自立して生活できる」
「社会のお荷物になるのか、それとも貢献して自立して生活できるのか。この差は実に大きいと思いますよ」
こう話すのはエスプールで障害者支援を担当している和田一紀執行役員だ。
選挙で票欲しさに分配を声高に主張するのは勝手だが、利益を上げることを目的とした企業の活動を活発化させない限り、国も社会も豊かにはなれない。デフレを続ければ現金を持っていた方が得するから、企業がリスクを取って活発に活動しなくなる。
年金や福祉の問題に直面している今、エスプールの障害者支援事業は、日本の進むべき道のあり方を私たちに示唆してくれているのではないか。
JBpress--2013.07.06(土)