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医療者らと考える「障害者のセックス」- 映画「セッションズ」を見て

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 「自分でも30年以上見ていないペニスを触ってもらえた」―。映画「セッションズ」には、こんなせりふがある。時は1988年、米カリフォルニア州の実話から生まれたこの映画の主人公は、ポリオで首から下が全く動かず、常に横たわったままの男性。詩人やジャーナリストとして自活していた38歳の彼に、「障害者の性(セックス)」についての原稿依頼が舞い込む。その取材過程で障害者たちのセックス体験談を聞くうちに、自らも「愛する人とつながりたい」と願うようになり、彼はセックス・サロゲート(代理人)による性行為の手助け(セッション)を受けることを決意する。サロゲートの女性は、セッションの代金は受け取るが売春婦とは違うこと、セッションの回数が限られていることなどを彼に説明し、あくまでセックス・セラピーとして性行為を行う。

 CBニュース編集部では、フェイスブック上で運営する「医療介護大会議」などを通じて、この映画の試写会に医療関係者を招待。映画を見た直後、医療者らはそれぞれ複雑な表情を浮かべていたが、その胸中はさまざまだった。映画は来月6日から、全国で順次公開予定。

◇藤元流八郎さん(医師、荏原ホームケアクリニック・院長)

 当院でも、神経難病などで首から下がまひし、在宅療養している若い患者さんを診ることがあります。中には、独り暮らしのケースもありますし、車いすで新幹線に乗って、レジャーを楽しんでいる人もいます。こうした点では、障害を持つ人の福祉施策は、どんどん充実してきていると感じます。ただ、映画の中のような性についての施策は、次のステップの話という感が否めません。

 性についての施策が遅れている一因は、ご本人が、あまり話したがらないからなのかもしれません。わたし自身、身体的な悩みや、家族関係の相談には乗ることはあっても、性の悩みを打ち明けられた経験は、あまりありません。年齢層や性別が同じでないと相談しづらいのかもしれませんが、映画を見て、患者さんとの信頼関係が、まだまだ不十分だと気付かされました。

 どのような施策が必要なのかは、白日の下、多くの人によって議論されるべきだと思います。映画の中に出てくるような支援には、賛否があると思いますが、必要なのは、障害を持つ人が、そうでない人と同じスタートラインに立てるようなサポートではないでしょうか。例えば、相談できる窓口を置くのは、その一つの手だてです。わたし自身は、患者さんから相談を受けた時に備えて、どんなことをアドバイスできるか考えてみます。

◇阿部淳子さん(荏原ホームケアクリニック・事務長)

 映画の中には、障害を持つ人が日常生活を送る上で直面する悩みがたくさん盛り込まれています。本当に気づきの連続で、普段から患者さんのケアには注意を払っているつもりが、「全然分かっていないな」と反省しました。特に映画の冒頭、夜中に顔がかゆくなった主人公が、「頭の中でかくのだ」と念じる描写は象徴的で、わたしたちは、かゆいところに手が届くサービスを心掛けなければならないと痛感しました。

 障害を持つ人が抱える性に関する悩みの現状は、在宅医療の現場にいても、なかなか目に見えません。それは難しい問題で、障害を持つ人も、そうでない人も、表面化したくないのかもしれません。それでも、その対策についてたくさんの人が考えていくべきなのだと思います。

◇木村聡美さん(メンタルクリニック響、カウンセリングルーム泉・代表)

 わたしはカウンセリング施設を運営しています。悩みを持つ患者さんは皆さん、自分を責める傾向があるので、カウンセリングは、まず自分を受け入れてもらうところから始まります。あるいは、この映画の主人公のように、病気自体や周囲の環境を責めて、カウンセリングに来る患者さんもいます。わたしたちは、これらの悩みの根本を解消するところから始めます。

 日本には、障害者の性欲を満たすお手伝いをする「セックスボランティア」という方々がいます。わたしは実際にその映像を見たことがあります。すべてがそうだとは限りませんが、ボランティアの方々は、看護師の清拭と同様に手袋を二重にしていました。そこには心の交流や肌と肌の触れ合いがなく、何かの悩みを乗り越えたり、自信を取り戻したりするプロセスがないように感じました。心の交流のあるボランティアもあるのかもしれませんが、少なくともわたしが見たものはそうでした。

 また、映画の中で、多くの人々が偏見を持たずに主人公を見ていることに驚きました。彼は普通に街を歩き、皆が少しずつ彼を助けていました。わたしは、自分のクリニックで患者さんから、「先生はわたしのこと、遠い世界のことだと思っているでしょう」と言われ、胸に刺さった経験があります。わたしたちは、いろいろな病気や障害のことを、自分とは異質で関係ないものととらえ、見て見ぬふりをしているのかもしれません。

◇岡本有加里さん(看護師、関東近郊のリハビリテーション専門病院勤務)

 わたしが勤めている病棟には、脊髄損傷で身体にまひのある成人患者さんがいます。若い方でも、交通事故が原因の方々が多いです。その中には、もう結婚できないと思い、将来に不安を抱えている人もいます。脊髄損傷の人は、皮膚感覚はありますが触るとしびれたり、損傷部位によってまひの範囲も異なったりするので、その状態を一概に言うことは難しいです。

 わたしは、患者さんが、夜中にこっそり脊髄損傷患者さん用の資料の「性」に関する項目などを読んでいるのを見てしまった経験があります。でも、それについて患者さんや同僚と話し合ったことはありません。もう少しかかわった方がいいのかどうか迷いますが、何も行動できないでいます。

 この映画の中のサロゲートの行動は、きちんとしたセラピーになっていました。彼女は、主人公に少年だったころの回想を促して、彼が自分自身のことを受け入れてから、信頼関係を築いていったのだと思います。セッションを通じて、彼が前進していくのが分かりました。医療現場を想定した場合、こういうセラピーならあってほしいと思いますが、もしも単純に性欲を満たすだけなら逡巡してしまいます。

◇竹原直子さん(看護師・ケアマネジャー講師、フリーランス訪問看護師)

 わたしがかつて、小児病棟や在宅で子どもに接していた時、性に興味が出てくる年齢になると、他人を触って親に怒られることなどはありましたが、問題として表面化していませんでした。また、高齢者や自由に動けない人は、下ネタを言って満足するところもあり、それ以上の葛藤や問題が表に出てくることは少ないです。この映画のテーマである障害者のセックスについては、日本という文化的背景の影響もあるためか、医療現場ではなかなか顕在化しにくいと思います。ですので、そういう意味では、この主人公は、多くの人は言わないような内的な感情の変化などを口に出していて、こういうコミュニケーションができる関係はいいと感じました。

 セックスをセラピーにして、また金銭がかかわってくることについては、例えば、セックスは本来、夫婦がするべきと考えている人にとっては、受け入れるのが難しいかもしれません。わたしも、それを神聖なものと思っているので、そういう視点で見てしまうとすごく難しいです。しかし、映画の中のサロゲートのように、プロフェッショナルとして介入するならば、セラピーの1つとしてセックスがあるだけ、と考えてみることもできます。また、お金をもらうことで、プロとして一線を引くような面もあるのかもしれません。

 いずれにしても、誰にでも起こりうる性の問題が、障害者であっても向き合って、それを発言し合えること、そしてそれに必要なケアが特別なことではなく、当たり前のこととして成り立つような社会になってほしいです。

◇渡邊敦さん(医療系の経営コンサルタント)

 この映画のテーマのようなことが、医療や介護の現場には実際にあり、これに対処できていないのだと思います。日本にも、この主人公のような悩みは需要としては存在するので、実際には誰かが何とかしているはずだと考えます。そこに供給が追い付いていない、というのが現状なのではないでしょうか。

 日本には現在、障害者などのセックスを手伝う非営利の団体がありますが、できることには限界があると思います。このテーマにかかわるプレーヤーとしては、▽患者さん▽医療や介護を行う施設▽非営利の団体―の三者があると考えていますが、これらをうまく結び付けるような“第四者”が必要なのではないかと思います。それは、インセンティブを付ける意味でも、純粋に民間ではなくとも、営利機関の力も使わざるを得ないかもしれません。皆が受け入れる文化をつくることができるかどうかが重要だと思います。 【編集部】

キャリアブレイン-( 2013年11月30日 17:00 )




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