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【木暮祐一のモバイルウォッチ】第43回 視覚・聴覚障害者向けiPad活用の取り組み

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 障害がある人たちにとって、スマートフォンやタブレット端末は災害時に命を守る道具にもなるうる。

 東日本大震災において、障害者の死亡率は健常者に比べ高い割合だったことが知られている。調査機関や手法によってその率はまちまちであるが、およそ1.2倍から2倍とも言われている。被災地では障害者の入所施設が市街地から離れた高台などにあったケースも多いが、もしそうした施設が沿岸市街地にあった場合はその率はさらに高いものになるかもしれない。視覚や聴覚に障害を持つ人たちが津波の警報などに気づかずに危険にさらされる懸念は極めて高いと言えそうだ。

 被災地における聴覚障害者の具体的な声として、「地震があったことはわかったが、それに伴って職場の健常者がみんな帰ってしまった。耳が聞こえないので、周囲の人が何をしているのかわからず、仕方ないので戸締まりして帰った」「避難所に入っても、音声による連絡では状況がわからず、食事をもらえなかった」「そもそも防災無線は聞こえない」など、こうした話は山ほど聞ける。

 身体の障害の有無にかかわらず、誰でもが同じように情報にアクセスできれば、万が一の際の情報収集やコミュニケーションに役立ち、自分自身の命を守る行動を迅速に取ることができるはず。こうした被災地における障害者の情報アクセスへの現状を目の当たりにした青森県企画政策部情報システム課主幹の大和田敏氏は、「1人1台まで普及を果たしている携帯電話やスマートフォンを使うことで、障害者でも必要な情報にアクセスできるはず」と考えた。「東日本大震災の悲劇を繰り返さないためにも、社会における弱者と呼ばれる人たちを含む誰でもが情報にアクセスできるようにサポートしたい。ICTはそういうところで力を発揮すべきではないかと思うのです」

 東日本大震災後、青森県では障害者の情報アクセスの事情について実態の調査を開始した。県の平成24年度事業として「災害時における視覚・聴覚障害者のためのICT利活用アンケート調査」を実施し、その報告書を2013年1月に取りまとめている。この調査では、東日本大震災時の情報入手方法や不便だった点、さらに今後の情報入手手段の要望等についてまとめられているが、その中で「今後使ってみたい機器」として筆頭に挙げられたのがタブレット型PCで、聴覚障害者では34.1%、視覚障害者では携帯電話と並んで24.7%となった。いずれにしても、障害者のタブレット端末への期待は高いようだ。

 こうしたニーズに応えるべく青森県は今年度、誰でもが情報にアクセスできる社会を目指そうと、視覚・聴覚障害者に対するICT利活用の支援として「視覚・聴覚障害者向けにiPadを教えることができる人材の育成」に乗り出した。これはiPadのアクセシビリティ機能を知ることで、身の回りにいる障害者にタブレット端末等の活用を支援したり、使い方を伝えられる人材の育成(対象は健常者)を行ったりするというもの。タブレットPCは、手軽にインターネットやメールを利用できる有用な情報機器だ。中でも、iPadやiPhoneに搭載されるiOSのアクセシビリティ機能は優れている上、これに対応したアプリも多い。ディスプレイのアイコンを指で操作するスマートフォンやタブレット端末が、全盲の視覚障害者でも操作できるようになるというと信じ難いかもしれないが、実際にアクセシビリティ機能を使えばメールを音声で聞いたり、Webの内容を聞いたりという使い方が可能なのだ。

 筆者もiOSにアクセシビリティ機能が搭載されていたことは承知していたが、実際にこの講習会を取材させていただきその有用性を理解することができた。視覚障害者向けのアクセシビリティ機能であるVoiceOverは、iOSの「機能」→「一般」→「アクセシビリティ」→「VoiceOver」を選択して設定する。ディスプレイを触ると、触れたところのアイコンが選択されアプリ名と機能を読み上げてくれる。アプリが選択された状態でディスプレイをダブルタップするとアプリが起動する。画面をスクロールさせるには3本指でスワイプするなど操作方法が大きく変わるので最初は戸惑うが、Webや電子書籍(kindleなど)を読み上げてくれるので使い方によっては健常者でも便利に使えるシーンが考えられ、VoiceOverに対応したアプリも増えている。また「アクセシビリティ」内の「ズーム機能」をオンにすると、ディスプレイ上の任意の場所を大きく拡大できるので弱視の人も利用できる。聴覚障害者向けには、画面に手書きで書いた文字等がリアルタイムに反対側に表示され、対面で筆談ができる「筆談パッド」などのアプリが紹介された。

 この講習会の講師を務めるのは、NPO法人あおもりIT活用サポートセンターで理事を務める高森三樹氏だ。高森氏は青森県を拠点に、Webサイトの企画・制作・運用などを手がける傍ら、Web技術を社会貢献に生かせる方法を模索する中でWebアクセシビリティについて考える個人プロジェクト『W3A』を立ち上げ、障害者向けのiPad活用の講師をボランティアで展開してきた。そうした活動の中で青森県企画政策部の大和田氏と出会う。大和田氏は部下の竹村彩氏と共に何度も障害者向けの講習会に足を運びながら、「障害者に対するマンツーマンでの指導では限界がある」ということを感じるようになった。そこで出てきた提案が「もっと教えられる人を増やす取り組みをしよう」ということだった。「健常者に対してスマートデバイスのアクセシビリティ機能をもっと知ってもらい、身近にいる障害者に指導できるようになればいい」。

 こうして、青森県の支援のもと「視覚・聴覚障害者向けiPad講習の人材育成講座」がスタートした。県が支援するといっても、現実には関係者の手弁当で準備が進められ、そこに大学生のボランティアも指導補助として協力することで実現していった。また企画段階では講習を受講される方には講習開催期間中にiPadを貸し出し操作に習熟していただきたいと考えた。しかしiPadが足りない。講師用や学生ボランティア用のiPadは手持ちで不要のものをかき集め、受講者に貸与するものは県庁の予算の範囲で7台をリースした。「本音を言えば、受講者用のiPad台数をもう少し確保できれば参加者をもっと増やすことができたはずで、悔やまれる」(高森氏)

 この講習会に関心を持って集まったのは20代から70代の男女と幅広い。平日の夜間に計7回の講習が続いた。iPadそのものに触れたことがなかった人も少なくなく、講習会ではiPadの基本操作から学んだ。その後、iOSのアクセシビリティ機能、特に「VoiceOver機能」の活用方法を身に付け、また障害者が活用するのに便利なアプリ等も知識を深めていった。後半3回は、実際の視覚障害者、聴覚障害者に参加していただき、指導の模擬実習も行った。

 初めてiPadに触れる視覚障害者に対し、ディスプレイ上に並ぶアプリのアイコンを連想してもらうために、手作りの教材も用意された。iPadと同サイズのホワイトボードに、アプリアイコンに見立てた磁石を並べ、ホームボタンの機能や、アプリの配置などを、まさに手を取りながら学んでいた。

 全7回、2期に渡る講習会は12月18日を最後に終了するが、この取り組みは地元の新聞等でも大きく報道されたことで、現在県の内外からも同様の講習会の展開を要望する声が上がっているという。地道な取り組みながらも、今後さらに発展した講習会が各地で横展開されることになれば、着実に情報アクセスに関する弱者の救済につながっていくはずだ。また、青森県では地域の通信事業者とも連携し、販売店の店長会議でこうした取り組みを紹介すると共に、今後は販売店店員向けの講習会も実施していく方向で調整が進められている。情報に対して誰もが平等にアクセスできる、そんな社会を目指した一歩が踏み出されたところだ。

RBB Today / 2013年12月24日(火) 12時17分

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