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Channel: ゴエモンのつぶやき
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パラリンピック・狩野「金」、家族の支え結実 スタンドから声援

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 【ソチ貝沢貴子】急斜面の難コースに高速ターンが光った。8日に行われたパラリンピック・アルペンスキー男子座位の滑降で金メダルに輝いた狩野亮(かのう・あきら)選手(27)=網走南ケ丘高出=。障害者スキーを始めたのは、「息子の楽しみを増やしたい」という両親の思いがきっかけだった。

 電光掲示板に表示されたタイムの一番上に狩野選手の名前が表れると、スタンドで見守る応援団が歓声を上げた。母の照美さん(56)は「ゴールまで無事たどり着いてほしいという気持ちでいっぱいだった」と感極まった。妻の綾華さん(25)は「滑りを見てすごいと思った。ようやったなと声をかけたいです」と喜んだ。

 スキー指導員である父の操さん(55)の影響を受け、狩野選手がスキーを始めたのは2歳。競技スキーを始めようと考えていた小学3年の時、交通事故で脊髄を損傷した。

 照美さんは「長いトンネルの中にいるようで、未来に希望が持てなかった」と振り返る。

 スポーツが得意だった息子に楽しんでもらおうと、両親はアーチェリーや車いすバスケに挑戦させた。小学5年から始めた障害者用の「チェアスキー」もその一つ。しかし、本人は「前みたいに立って滑りたい」と言い続け、やる気も見せなかった。

 そんな時、テレビで1998年長野パラリンピックのアルペンスキーを見ていると、狩野選手が言った。「このスキー買ってほしい。僕本気でやるから」。両親が取り寄せたスキーに中学1年から乗り始めるうち、「立って滑りたい」とは言わなくなっていた。両親は高校卒業まで、片道1時間はかかるスキー場への送迎を続けた。

 岩手大に進学した狩野選手は、周囲のスキー仲間や指導者に支えられながら道を切り開き、2010年バンクーバー大会に続く2大会連続のメダルにたどり着いた。

 「バンクーバーの金メダルは予想外だったが、今回は努力を重ねてきた成果のメダル。4年間の経験が、息子に落ち着きを与えた」と操さん。照美さんも応援旗を胸に押し当て、喜びをかみしめた。

北海道新聞(03/09 06:45)

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