罪を犯した知的障害者が社会に帰った後、適切なサポートを受けられずに罪を繰り返すのを防ぐ試みが広がってきた。佐賀県では、地域生活定着支援センターが服役中や公判段階で面接し、必要な福祉を確認して支援計画を作成、療育手帳や生活保護、就労支援などのサービスを申請し自立を促している。佐賀保護観察所も今月、窃盗などで逮捕・送検され起訴猶予になる見通しの容疑者について佐賀地検から情報提供を受け、釈放後は更生保護施設に一時入所してもらい、福祉の申請など生活基盤づくりを助ける仕組みを整えた。
(2014年5月15日掲載)
立ち直りを支える<2>生活支援の輪をつなぐ 地域生活定着支援センター相談支援員 井原 敦弘さん
県内の勾留施設。社会福祉士の井原敦弘さん(40)は、器物損壊容疑で逮捕された男性とアクリル板を隔てて対面していた。
「実は今回分かったんだけど、あなたには知的障害があるんですよ」。男性はきょとんとしている。「障害ってどんなものですか」と返した。井原さんは簡単に説明し、知的障害者のための療育手帳を取得すれば就職や生活で援助を受けられると伝えた。男性は「もう30歳だから、ちゃんと働いて結婚したい。でも殴られるから家には帰りたくない」と続けた。
井原さんは、刑務所を出所する障害者や生活困窮者の社会復帰を促すために県が2009年に設立した地域生活定着支援センターの相談支援員。本人や家族との面接、自治体や福祉への橋渡しを通して、住居や収入などの生活基盤を整える。昨年4月からは、起訴されずに釈放される見込みの容疑者や執行猶予付きの判決が予想される被告も対象になった。
「立ち直りを支えるには、本人がどんな環境にいて、どんな困難を抱えているかを正しく把握する必要があります」と井原さん。この男性は「父に殴られるから、イライラを発散した」と告白した。
男性は自動販売機に火を付けて壊した。刑事責任能力を調べる佐賀地検の簡易鑑定で、知能指数(IQ)は59と分かった。69以下は知的障害の疑いがあるとされる。起訴されて公判が始まったが「犯行時は善悪の判断能力が極端に低い状態だった」という精神科医の診断が認められると執行猶予になる可能性があり、弁護人から井原さんに連絡がきた。
成人が療育手帳を申請するには、小中学校の成績証明書や家族の証言がいる。男性に面接した井原さんは両親にも会い「息子さんには障害があるようです」と告げた。2人は「まさか」と絶句、父は涙を流した。
1歳児健診で発達の遅れを指摘され、小学校の成績は6年間オール1。教師は特別支援学級を勧めたが、両親は受け入れることができなかった。家業を継いでほしいと願ったが、簡単な作業も指示通りにできず「もういい年だ。ちゃんと働いて結婚しろ」と繰り返した。焦りから、父は思わず暴力を振るった。
井原さんは、自治体、障害者相談支援センター、両親と弁護人に集まってもらい、男性の今後について話し合った。佐賀地裁に勾留執行の一時停止申請が認められ、本人も加わった。
会議では、療育手帳を申請すること、支援センターが就労を支えること、それぞれが密に連絡を取ることを確認。釈放された後の住居は男性の祖母宅に決まった。知的障害や福祉サービスの仕組みについて説明を受けた父は「息子につらい思いをさせた。すまなかった」と語った。
判決で裁判長は「刑務所よりも、福祉の力を借りて更生するべきだ」と述べ、執行猶予をつけた。男性は今、県内の祖母宅に身を寄せ、障害福祉サービス事業所で製品の袋詰めなどの仕事に精を出している。
ただ祖母は高齢で、孫の面倒をいつまでみられるか分からない。離れて暮らす両親も、一度は息子の障害に向き合おうとしたが「やっぱり普通の仕事をさせたい。気合いの問題ではないのか…」とも考えてしまうという。
「福祉サービスを受けさせるだけでは、本当の解決にはならない」と井原さんは話す。男性と両親との面接を続け、再び共に生きられる日がくるように、家族の結びつきを解決する道も探っている。
西日本新聞 5月16日
(2014年5月15日掲載)
立ち直りを支える<2>生活支援の輪をつなぐ 地域生活定着支援センター相談支援員 井原 敦弘さん
県内の勾留施設。社会福祉士の井原敦弘さん(40)は、器物損壊容疑で逮捕された男性とアクリル板を隔てて対面していた。
「実は今回分かったんだけど、あなたには知的障害があるんですよ」。男性はきょとんとしている。「障害ってどんなものですか」と返した。井原さんは簡単に説明し、知的障害者のための療育手帳を取得すれば就職や生活で援助を受けられると伝えた。男性は「もう30歳だから、ちゃんと働いて結婚したい。でも殴られるから家には帰りたくない」と続けた。
井原さんは、刑務所を出所する障害者や生活困窮者の社会復帰を促すために県が2009年に設立した地域生活定着支援センターの相談支援員。本人や家族との面接、自治体や福祉への橋渡しを通して、住居や収入などの生活基盤を整える。昨年4月からは、起訴されずに釈放される見込みの容疑者や執行猶予付きの判決が予想される被告も対象になった。
「立ち直りを支えるには、本人がどんな環境にいて、どんな困難を抱えているかを正しく把握する必要があります」と井原さん。この男性は「父に殴られるから、イライラを発散した」と告白した。
男性は自動販売機に火を付けて壊した。刑事責任能力を調べる佐賀地検の簡易鑑定で、知能指数(IQ)は59と分かった。69以下は知的障害の疑いがあるとされる。起訴されて公判が始まったが「犯行時は善悪の判断能力が極端に低い状態だった」という精神科医の診断が認められると執行猶予になる可能性があり、弁護人から井原さんに連絡がきた。
成人が療育手帳を申請するには、小中学校の成績証明書や家族の証言がいる。男性に面接した井原さんは両親にも会い「息子さんには障害があるようです」と告げた。2人は「まさか」と絶句、父は涙を流した。
1歳児健診で発達の遅れを指摘され、小学校の成績は6年間オール1。教師は特別支援学級を勧めたが、両親は受け入れることができなかった。家業を継いでほしいと願ったが、簡単な作業も指示通りにできず「もういい年だ。ちゃんと働いて結婚しろ」と繰り返した。焦りから、父は思わず暴力を振るった。
井原さんは、自治体、障害者相談支援センター、両親と弁護人に集まってもらい、男性の今後について話し合った。佐賀地裁に勾留執行の一時停止申請が認められ、本人も加わった。
会議では、療育手帳を申請すること、支援センターが就労を支えること、それぞれが密に連絡を取ることを確認。釈放された後の住居は男性の祖母宅に決まった。知的障害や福祉サービスの仕組みについて説明を受けた父は「息子につらい思いをさせた。すまなかった」と語った。
判決で裁判長は「刑務所よりも、福祉の力を借りて更生するべきだ」と述べ、執行猶予をつけた。男性は今、県内の祖母宅に身を寄せ、障害福祉サービス事業所で製品の袋詰めなどの仕事に精を出している。
ただ祖母は高齢で、孫の面倒をいつまでみられるか分からない。離れて暮らす両親も、一度は息子の障害に向き合おうとしたが「やっぱり普通の仕事をさせたい。気合いの問題ではないのか…」とも考えてしまうという。
「福祉サービスを受けさせるだけでは、本当の解決にはならない」と井原さんは話す。男性と両親との面接を続け、再び共に生きられる日がくるように、家族の結びつきを解決する道も探っている。
西日本新聞 5月16日