名古屋市にあるヘルパー事業所「みらい」所長の尾山芳子さん=同区=は、記者を近くのアパートへ案内してくれた。みらいが支援するのは高次脳機能障害がある人。どんな障害で、どう支援するのかという質問に、「現場を見てほしいんです」。
出迎えたのは尾山さんの次男一樹(かずき)さん(40)と、みらいの女性ヘルパー。一人暮らしの一樹さんは愛想がよく、障害があるようには見えない。だが、その日の食事メニューも覚えておらず、単独でバスや電車に乗るとトラブルが起きやすい。
高次脳機能障害者は、脳の損傷で記憶力や注意力などが弱り、社会生活に適応しにくくなる。その親は「自分が死んだ後、子どもはどうなってしまうのか」と心配する。その打開策の一つが、一人暮らしの能力を身に付ける訓練だ。この日もヘルパーが掃除や洗濯物の片付けなどを指導し、一樹さんの買い物に同行。買い物前には、冷蔵庫の残り物も二人でチェック。尾山さんも二人に細かくアドバイスをした。
このように生活の場に出向き、専門知識を使って自立して暮らせるようにサポートするのが、「生活版ジョブコーチ(生活適応援助者)」だ。尾山さんは「効果があるので日本中に広めたい」と強調する。
尾山さんは長野県で生まれ、二十二歳から名古屋市に移った。三人の子の母親で長年、市の職員だった。「普通のおばさんでした。でも息子の事故で、人生が変わりました」
一九九二年秋、一樹さんはオートバイを運転中、道路に横倒しになっていたオートバイに乗り上げて転倒。頭部を強打して、半年間は意識不明の状態だった。その後に回復したものの、障害が残った。尾山さんは「五年間は泣いて、泣き暮らしました」と振り返る。
当時、この障害の研究や行政の対応はあまり進んでおらず、当事者や家族は制度的にも十分な支援が受けられなかった。そこで一樹さんが通っていた名古屋市総合リハビリテーションセンターが、患者の親たちに家族会をつくることを提案。尾山さんらが中心になって九八年、「脳外傷友の会みずほ」を設立した。さらに尾山さんは、全国組織「日本脳外傷友の会」の役員も務めるなど、家族会の活動に奔走した。
そして、支援活動をしている人たちの働き掛けを受けて、今年三月からは一般社団法人「高次脳機能障害ネットワーク」(名古屋市)の理事長と、みらいの所長になった。昨年、勤め先を退職して時間に余裕ができたという事情もあった。尾山さんは「生活版ジョブコーチ手法でサービスを提供するのは採算がとりにくいですが、やってみようと決意しました」と意気込む。
みらいのスタッフは尾山さんを入れて現在十七人。「深刻な問題を抱えて生きてきたのに、尾山さんは明るい」とスタッフらは口をそろえる。
同ネットワークと、みらいの連絡先=電052(352)0677。
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冷蔵庫の残り物を確かめながら、ヘルパーらに助言する尾山芳子さん(左)=名古屋市内で
2014年6月18日 東京新聞
出迎えたのは尾山さんの次男一樹(かずき)さん(40)と、みらいの女性ヘルパー。一人暮らしの一樹さんは愛想がよく、障害があるようには見えない。だが、その日の食事メニューも覚えておらず、単独でバスや電車に乗るとトラブルが起きやすい。
高次脳機能障害者は、脳の損傷で記憶力や注意力などが弱り、社会生活に適応しにくくなる。その親は「自分が死んだ後、子どもはどうなってしまうのか」と心配する。その打開策の一つが、一人暮らしの能力を身に付ける訓練だ。この日もヘルパーが掃除や洗濯物の片付けなどを指導し、一樹さんの買い物に同行。買い物前には、冷蔵庫の残り物も二人でチェック。尾山さんも二人に細かくアドバイスをした。
このように生活の場に出向き、専門知識を使って自立して暮らせるようにサポートするのが、「生活版ジョブコーチ(生活適応援助者)」だ。尾山さんは「効果があるので日本中に広めたい」と強調する。
尾山さんは長野県で生まれ、二十二歳から名古屋市に移った。三人の子の母親で長年、市の職員だった。「普通のおばさんでした。でも息子の事故で、人生が変わりました」
一九九二年秋、一樹さんはオートバイを運転中、道路に横倒しになっていたオートバイに乗り上げて転倒。頭部を強打して、半年間は意識不明の状態だった。その後に回復したものの、障害が残った。尾山さんは「五年間は泣いて、泣き暮らしました」と振り返る。
当時、この障害の研究や行政の対応はあまり進んでおらず、当事者や家族は制度的にも十分な支援が受けられなかった。そこで一樹さんが通っていた名古屋市総合リハビリテーションセンターが、患者の親たちに家族会をつくることを提案。尾山さんらが中心になって九八年、「脳外傷友の会みずほ」を設立した。さらに尾山さんは、全国組織「日本脳外傷友の会」の役員も務めるなど、家族会の活動に奔走した。
そして、支援活動をしている人たちの働き掛けを受けて、今年三月からは一般社団法人「高次脳機能障害ネットワーク」(名古屋市)の理事長と、みらいの所長になった。昨年、勤め先を退職して時間に余裕ができたという事情もあった。尾山さんは「生活版ジョブコーチ手法でサービスを提供するのは採算がとりにくいですが、やってみようと決意しました」と意気込む。
みらいのスタッフは尾山さんを入れて現在十七人。「深刻な問題を抱えて生きてきたのに、尾山さんは明るい」とスタッフらは口をそろえる。
同ネットワークと、みらいの連絡先=電052(352)0677。

冷蔵庫の残り物を確かめながら、ヘルパーらに助言する尾山芳子さん(左)=名古屋市内で
2014年6月18日 東京新聞