月に一度、月曜日の夜。視覚や聴覚に障害がある人、ない人が文字通り「壁を乗り越える」集まりがある。『マンデーマジック』と名付けられたフリークライミング(ボルダリング)のイベントで、今年3年目を迎えた。参加者は初心者からベテランまで、老若男女の視覚障害者、聴覚障害者、障害のない人、外国人などあらゆるバックボーンやプロフィールを持つ人たちだ。最近は毎回定員を上回る参加申し込みがあるといい、相互理解の裾野は確実に広がっている。
「見える」「見えない」を超えた自然な光景
『マンデーマジック』は、視覚障害を持つクライマー、小林幸一郎さんが代表を務めるNPO法人「モンキーマジック」が主催するイベントの一つだ。定休日を利用して東京・高田馬場のクライミングジムを貸り切り、年齢、性別、障害の有無の別なく、主に口コミで集まった人たちが声を掛けあって高さ4メートルの人工壁を登る。
ここで行われるのは、ホールドと呼ばれる突起を掴みながら、ロープなどの補助具なしで比較的高さの低い壁を登る「ボルダリング」というフリークライミングのスタイルだ。床には厚いマットが敷かれており、落下や着地の際の安全は十分に確保されている。初心者でも安心して楽しめるとあって、近年愛好者が増えている。
6月の『マンデーマジック』には、視覚障害者12人、聴覚障害者6人を含む44人が参加した。その様子を見学させてもらったが、誰が「見えて」誰が「見えない」(あるいは聴こえない)のか、判別するのは難しい。というより、そういうことが気にならない光景だったというのが率直な感想だ。それほどコミュニケーションの様子が自然なのだ。登っている人は手足の感覚を研ぎ澄ませて目の前の壁に集中し、下で待つ人たちが声援を送る。途中で落下してしまえば「悔しい!」、登りきれば「やった!」と一喜一憂し、健闘を讃え合う。
人々の可能性を広げたい
「モンキーマジック」は、『マンデーマジック』のほかにも、全国各地で視覚障害者を対象にしたクライミングスクールや講演会などさまざまな活動を行っている。今年3月には、直営のボルダリングジムを茨城県つくば市にオープンした。
活動の大きな目的は、「フリークライミングを通して、視覚障害者をはじめとする人々の可能性を大きく広げること」(小林代表)。障害などあらゆる「違い」に対する偏見や誤解、垣根を取り払うことも理念の一つだ。あらゆるバックグラウンドを持つ人が、「同じ壁を登る」ことで相互理解を深める『マンデーマジック』は、それを具体化した活動と言えよう。
では、なぜ「フリークライミング」なのか。小林代表は、視覚障害者に適している理由として次の5点を挙げる。
◎対戦相手や飛んでくるボールなどもなく、自分自身のスピードで課題と対峙し楽しむことができる。
◎クライミングロープやマットによって安全が確保されているため、思い切って体を動かすことができる。また、ビレイヤー(確保者)とのパートナーシップを身に着けることもできる。
◎障害者のためにデザインされたものではなく、健常者と同じ課題を同じルールで解決することができ、機会を共有することで相互間の交流と障害者理解の促進にも貢献できる。
◎「自らの力だけで課題を解決し、ゴールに至る」クライミングの過程が、視覚障害者の日常生活力の向上にも貢献できる。
◎外出そのものの機会となるだけでなく、自然の中で過ごす時間を持つ機会ともなりえる。
全盲の指圧マッサージ師、志賀信明さんは、昨年11月のスクール参加をきっかけにクライミングに目覚めた。「腕力には自信があったけれど、自分より登れる人が多かった。いや、自分が一番登れなかった。以来、本来の負けず嫌いの虫が騒ぎ出したようです」。その後、毎週のように壁に挑むようになり、今では『マンデーマジック』の常連だ。妻の道子さんとアイメイト(盲導犬)のトリトンと3人揃ってジムに通う。
「ゴールできた時の達成感が最大の魅力。しかも、このスポーツは健常者も障害者も同じ土俵で同じ目標に向かい、楽しむことができる。何よりも素晴らしい点は、下から仲間たちが一生懸命に声でサポートしてくれることだと思います」。何かをやり遂げるためにお互いにサポートする。それが、障害者が欲する福祉の本来の姿だと志賀さんは言う。
妻の道子さんは弱視だ。しばらくは夫に誘われるまま、なんとなく付き添いで来ていた。「最初は、壁に登って高いところまで?危険!疲れるだけ!やる人の気持ちが分からない!と私は否定的でした」と笑う。それが小林代表に「年齢も体重も関係ありません。ボーッと見ているなら、やった方が楽しいですよ」と勧められ、重い腰を上げて挑戦。実際にやってみると不安は消し飛んだ。
「励まし合い、サポートしたりされたりが自然にできるようになる。あらゆる“壁”が消えていく感覚があります。この活動に感動しています」。道子さんは今、誰よりも大きな声を出してクライミングを楽しんでいる。
世代や国境も越えて
「これまでは障害者の方と実際に接する機会はありませんでした。ここに来て分かったのは、障害のあるなしに関係なく、普通にみんなで楽しむことができるということ。最近は『自分がもし見えなくなっても、比較的ショックが少なくて済むのでは』なんて考えることもあるんです」
今回は海外からの参加もあった。社会福祉の研究のために来日中の香港の女子大生3人が「モンキーマジック」のHPを探し当て、参加を申し込んだのだ。そのうちの一人が、壁を登りきり息を弾ませながら言った。「香港にも視覚障害者のクライミングはありますが、日本のNPOはどうするのか興味があり、参加しました。このように目が見える人と視覚障害者が同じことをやっている光景はあまり見たことがない。とてもクールですね!」
小林代表は言う。「クライミングを通じて障害者を特別な存在と感じない人が一人でも増えていったら嬉しく思います。クライミングは体の状況に関係なく楽しめるスポーツです。参加者には子供もいますし、70代、80代の方にも来ていただいているんですよ」。
(内村コースケ/フォトジャーナリスト)2014.06.18 15:00 THE PAGE
「見える」「見えない」を超えた自然な光景
『マンデーマジック』は、視覚障害を持つクライマー、小林幸一郎さんが代表を務めるNPO法人「モンキーマジック」が主催するイベントの一つだ。定休日を利用して東京・高田馬場のクライミングジムを貸り切り、年齢、性別、障害の有無の別なく、主に口コミで集まった人たちが声を掛けあって高さ4メートルの人工壁を登る。
ここで行われるのは、ホールドと呼ばれる突起を掴みながら、ロープなどの補助具なしで比較的高さの低い壁を登る「ボルダリング」というフリークライミングのスタイルだ。床には厚いマットが敷かれており、落下や着地の際の安全は十分に確保されている。初心者でも安心して楽しめるとあって、近年愛好者が増えている。
6月の『マンデーマジック』には、視覚障害者12人、聴覚障害者6人を含む44人が参加した。その様子を見学させてもらったが、誰が「見えて」誰が「見えない」(あるいは聴こえない)のか、判別するのは難しい。というより、そういうことが気にならない光景だったというのが率直な感想だ。それほどコミュニケーションの様子が自然なのだ。登っている人は手足の感覚を研ぎ澄ませて目の前の壁に集中し、下で待つ人たちが声援を送る。途中で落下してしまえば「悔しい!」、登りきれば「やった!」と一喜一憂し、健闘を讃え合う。
人々の可能性を広げたい
「モンキーマジック」は、『マンデーマジック』のほかにも、全国各地で視覚障害者を対象にしたクライミングスクールや講演会などさまざまな活動を行っている。今年3月には、直営のボルダリングジムを茨城県つくば市にオープンした。
活動の大きな目的は、「フリークライミングを通して、視覚障害者をはじめとする人々の可能性を大きく広げること」(小林代表)。障害などあらゆる「違い」に対する偏見や誤解、垣根を取り払うことも理念の一つだ。あらゆるバックグラウンドを持つ人が、「同じ壁を登る」ことで相互理解を深める『マンデーマジック』は、それを具体化した活動と言えよう。
では、なぜ「フリークライミング」なのか。小林代表は、視覚障害者に適している理由として次の5点を挙げる。
◎対戦相手や飛んでくるボールなどもなく、自分自身のスピードで課題と対峙し楽しむことができる。
◎クライミングロープやマットによって安全が確保されているため、思い切って体を動かすことができる。また、ビレイヤー(確保者)とのパートナーシップを身に着けることもできる。
◎障害者のためにデザインされたものではなく、健常者と同じ課題を同じルールで解決することができ、機会を共有することで相互間の交流と障害者理解の促進にも貢献できる。
◎「自らの力だけで課題を解決し、ゴールに至る」クライミングの過程が、視覚障害者の日常生活力の向上にも貢献できる。
◎外出そのものの機会となるだけでなく、自然の中で過ごす時間を持つ機会ともなりえる。
全盲の指圧マッサージ師、志賀信明さんは、昨年11月のスクール参加をきっかけにクライミングに目覚めた。「腕力には自信があったけれど、自分より登れる人が多かった。いや、自分が一番登れなかった。以来、本来の負けず嫌いの虫が騒ぎ出したようです」。その後、毎週のように壁に挑むようになり、今では『マンデーマジック』の常連だ。妻の道子さんとアイメイト(盲導犬)のトリトンと3人揃ってジムに通う。
「ゴールできた時の達成感が最大の魅力。しかも、このスポーツは健常者も障害者も同じ土俵で同じ目標に向かい、楽しむことができる。何よりも素晴らしい点は、下から仲間たちが一生懸命に声でサポートしてくれることだと思います」。何かをやり遂げるためにお互いにサポートする。それが、障害者が欲する福祉の本来の姿だと志賀さんは言う。
妻の道子さんは弱視だ。しばらくは夫に誘われるまま、なんとなく付き添いで来ていた。「最初は、壁に登って高いところまで?危険!疲れるだけ!やる人の気持ちが分からない!と私は否定的でした」と笑う。それが小林代表に「年齢も体重も関係ありません。ボーッと見ているなら、やった方が楽しいですよ」と勧められ、重い腰を上げて挑戦。実際にやってみると不安は消し飛んだ。
「励まし合い、サポートしたりされたりが自然にできるようになる。あらゆる“壁”が消えていく感覚があります。この活動に感動しています」。道子さんは今、誰よりも大きな声を出してクライミングを楽しんでいる。
世代や国境も越えて
「これまでは障害者の方と実際に接する機会はありませんでした。ここに来て分かったのは、障害のあるなしに関係なく、普通にみんなで楽しむことができるということ。最近は『自分がもし見えなくなっても、比較的ショックが少なくて済むのでは』なんて考えることもあるんです」
今回は海外からの参加もあった。社会福祉の研究のために来日中の香港の女子大生3人が「モンキーマジック」のHPを探し当て、参加を申し込んだのだ。そのうちの一人が、壁を登りきり息を弾ませながら言った。「香港にも視覚障害者のクライミングはありますが、日本のNPOはどうするのか興味があり、参加しました。このように目が見える人と視覚障害者が同じことをやっている光景はあまり見たことがない。とてもクールですね!」
小林代表は言う。「クライミングを通じて障害者を特別な存在と感じない人が一人でも増えていったら嬉しく思います。クライミングは体の状況に関係なく楽しめるスポーツです。参加者には子供もいますし、70代、80代の方にも来ていただいているんですよ」。
(内村コースケ/フォトジャーナリスト)2014.06.18 15:00 THE PAGE