人工呼吸器を装着している在宅の重度障害者が欠かせない「たん吸引」。呼吸確保のため必要な医療行為だが、県内では在宅の重度障害者にたん吸引を行える介護職員(ヘルパー)は2014年4月現在、12市町135人にとどまっており、32市町村ではゼロとなっている。家族がたん吸引を行わざるを得ないケースが多く、重い負担を強いられている。【蒔田備憲】
◇母が常に見守り
結城市で暮らす特別支援学校高等部1年生、石塚昂大さん(15)は先天性の筋疾患「ネマリンミオパチー」を抱える。手足を自力で動かすことはできず、食事、風呂、トイレなど24時間全介助が必要。呼吸する筋力も弱く、生後1歳を過ぎたころに気管を切開し、人工呼吸器を装着した。呼吸する筋力が弱まると、たんを自力で排出できなくなり、定期的に吸引器で取り除く必要がある。
石塚さんの場合、母(42)が口や鼻を数分に1回吸引し、気管も日中に数回吸引。2〜3年前までは、古河市の介護事業所からたん吸引を行えるヘルパーを派遣してもらっていたが、担当のヘルパーが退職後、派遣はストップ。以後1カ月に2日間ある看護師の訪問日以外、母が常に見守っている状態だ。
通学時はもちろん同行が必要となり、ちょっとした買い物などもままならない。母は「1時間でも2時間でもいい。見守ってもらえる態勢がほしい」。多くの患者家族にとって、24時間全介助が最大の負担になっている。
◇135人どまり
石塚さんの母が参加する家族会「人工呼吸器をつけた子の親の会(バクバクの会)茨城支部」は12年8月、医療的なケアができる介護事業所を増やすよう県に要望。県は当時、「12年度までにたん吸引ができるヘルパーを約350人養成する」と回答した。県によると、研修を受けた有資格者は13年度までに約500人。しかし、実際に在宅の重度障害者にたん吸引を行っているのは135人にとどまっている。
135人がケアしている重度障害者も約60人に過ぎない。ヘルパー数人が交代でケアしているからだ。在宅の重度障害者でたん吸引を必要とする障害者数は県も把握していないが、県は「潜在的ニーズもある。足りていないのは事実」とヘルパー不足を認める。
在宅の重度障害者は本人や家族の希望で自宅で療養しているケースもある。施設への短期入所などを希望しても、たん吸引を必要とする重度障害者の場合、たん吸引をできるヘルパー不足や、長時間の見守りを必要とすることから、受け入れを断られることもあるという。
◇「リスク高い」
たん吸引を行えるヘルパーが増えない理由について、ある福祉関係者は「たん吸引は命に関わる作業。ヘルパーを雇う事業所側にとってメリットは低く、リスクが高い。積極的に受けづらいのではないか」と指摘。たんが詰まっていることを見逃せば、死につながるからだ。
リスクの高さとは裏腹に、介護事業所に支払われる自立支援給付金加算額は「1回1000円」。低報酬がネックとなり、たん吸引に取り組む事業所が増えない一方、登録ヘルパーを擁する事業所には派遣要請が殺到する。たん吸引の可能なヘルパーが所属する那珂市の介護事業所「えくぼ」の持田恭正社長(42)は「人繰りが難しく、断っているケースも多い」と唇をかむ。
こうした現状に対し、厚生労働省福祉基盤課は「各自治体に(増員の)努力をお願いしたい」と打開策はなく、県障害福祉課も「各介護事業所の判断に任せるしかない。国の制度改正などを注視しながら対応したい」と及び腰。患者や家族の安心にほど遠い現状にもかかわらず、具体的な対策が取れていないのが現状だ。
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■ことば
◇ヘルパーによるたん吸引
本来は医師や看護師しか行えない医療行為だが、療養現場の現状を勘案し、厚生労働省は通知で介護職員(ヘルパー)による吸引を限定容認していた。「社会福祉士および介護福祉士法」の一部改正(2012年4月施行)で、都道府県への登録制を導入。研修や講義などを受けたヘルパーが実施できるよう、法的位置付けを明確化した。
毎日新聞 2014年06月24日 地方版
◇母が常に見守り
結城市で暮らす特別支援学校高等部1年生、石塚昂大さん(15)は先天性の筋疾患「ネマリンミオパチー」を抱える。手足を自力で動かすことはできず、食事、風呂、トイレなど24時間全介助が必要。呼吸する筋力も弱く、生後1歳を過ぎたころに気管を切開し、人工呼吸器を装着した。呼吸する筋力が弱まると、たんを自力で排出できなくなり、定期的に吸引器で取り除く必要がある。
石塚さんの場合、母(42)が口や鼻を数分に1回吸引し、気管も日中に数回吸引。2〜3年前までは、古河市の介護事業所からたん吸引を行えるヘルパーを派遣してもらっていたが、担当のヘルパーが退職後、派遣はストップ。以後1カ月に2日間ある看護師の訪問日以外、母が常に見守っている状態だ。
通学時はもちろん同行が必要となり、ちょっとした買い物などもままならない。母は「1時間でも2時間でもいい。見守ってもらえる態勢がほしい」。多くの患者家族にとって、24時間全介助が最大の負担になっている。
◇135人どまり
石塚さんの母が参加する家族会「人工呼吸器をつけた子の親の会(バクバクの会)茨城支部」は12年8月、医療的なケアができる介護事業所を増やすよう県に要望。県は当時、「12年度までにたん吸引ができるヘルパーを約350人養成する」と回答した。県によると、研修を受けた有資格者は13年度までに約500人。しかし、実際に在宅の重度障害者にたん吸引を行っているのは135人にとどまっている。
135人がケアしている重度障害者も約60人に過ぎない。ヘルパー数人が交代でケアしているからだ。在宅の重度障害者でたん吸引を必要とする障害者数は県も把握していないが、県は「潜在的ニーズもある。足りていないのは事実」とヘルパー不足を認める。
在宅の重度障害者は本人や家族の希望で自宅で療養しているケースもある。施設への短期入所などを希望しても、たん吸引を必要とする重度障害者の場合、たん吸引をできるヘルパー不足や、長時間の見守りを必要とすることから、受け入れを断られることもあるという。
◇「リスク高い」
たん吸引を行えるヘルパーが増えない理由について、ある福祉関係者は「たん吸引は命に関わる作業。ヘルパーを雇う事業所側にとってメリットは低く、リスクが高い。積極的に受けづらいのではないか」と指摘。たんが詰まっていることを見逃せば、死につながるからだ。
リスクの高さとは裏腹に、介護事業所に支払われる自立支援給付金加算額は「1回1000円」。低報酬がネックとなり、たん吸引に取り組む事業所が増えない一方、登録ヘルパーを擁する事業所には派遣要請が殺到する。たん吸引の可能なヘルパーが所属する那珂市の介護事業所「えくぼ」の持田恭正社長(42)は「人繰りが難しく、断っているケースも多い」と唇をかむ。
こうした現状に対し、厚生労働省福祉基盤課は「各自治体に(増員の)努力をお願いしたい」と打開策はなく、県障害福祉課も「各介護事業所の判断に任せるしかない。国の制度改正などを注視しながら対応したい」と及び腰。患者や家族の安心にほど遠い現状にもかかわらず、具体的な対策が取れていないのが現状だ。
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■ことば
◇ヘルパーによるたん吸引
本来は医師や看護師しか行えない医療行為だが、療養現場の現状を勘案し、厚生労働省は通知で介護職員(ヘルパー)による吸引を限定容認していた。「社会福祉士および介護福祉士法」の一部改正(2012年4月施行)で、都道府県への登録制を導入。研修や講義などを受けたヘルパーが実施できるよう、法的位置付けを明確化した。
毎日新聞 2014年06月24日 地方版