「刑務所での反省と償いは終わりました。もう二度と犯罪はしません」。元受刑者の50代の男性は、自身が持つ軽度の知的障害をみじんも感じさせず、はきはきと語った。
昨年6月までの約2年間、スーパーで食品を万引した窃盗罪で服役していた。20代のころにはカッターナイフを持って消費者金融に押し入り、強盗罪で有罪判決を受けている。約30年の空白期間を経た2つの犯行の動機を、男性はいずれも「お金に困ったから」と簡単に説明した。
かりそめの自由
どんな犯罪者であれ、たとえ再犯を重ねる知的障害者、いわゆる「累犯障害者」であっても、刑期を終えれば社会で自由に生きる権利がある。それでも男性は刑務所職員の勧めを聞き入れ、出所後、自ら福祉施設に保護を求めた。
国立の入所施設「のぞみの園」(群馬県高崎市)。民間の施設が他の障害者に配慮して受け入れを避ける傾向にある中、園内の自活訓練ホームを累犯障害者の専用としている。他人や社会への信頼感を育て、自立のためのスキルを学ばせる数少ない施設で、モデルケースと位置づけられる。
入所者に向けられる監視カメラや居室に閉じ込める鍵はない。それでいて、東京ドーム約50個分(約232万平方メートル)の敷地と周囲に広がる山林は、刑務所の塀と同じくらい険しい。
世間から隔絶された場所で与えられるかりそめの自由。「職員さんは優しいし、楽しく過ごしています」。男性はまるで「楽園」で暮らすかのように穏やかな表情を見せる。
制圧しない職員
入所者たちの生活は規則正しい。起床は午前6時。自主的にラジオ体操をした後で朝食をとる。午後3時半まで延々と畑仕事を続け、8時半からのミーティングで日記を発表し合う。
ある入所者の日記には「まじめにがんばります。もっとがんばりたいです。悪い人とつきあうのをやめます」とあったが、職員は冷静に受け止める。「彼らは嘘がうまく、私たちをしょっちゅう裏切る」
ホームの目的は、あくまで累犯障害者を社会へ戻すこと。刑罰を与えて反省を促し再犯を防ぐ刑務所とは、根本的に役割が異なる。例えば、入所者の反抗やとっぴな行動で身の危険を感じたとき、職員はその場から逃げるというのだ。
刑務所のように制圧しない理由を、職員はこう明かす。「福祉は受ける側の希望と同意が必要なサービス。手を出すことは契約にないし、出してしまえば福祉でなくなる」
京都の男にも
累犯障害者の受け入れを最長2年と区切り、定員7人に職員6人がほぼマンツーマンでつく。施設全体が得る国からの交付金は、今年度で19億円。全国の福祉関係者にとっても、のぞみの園は「楽園」だ。
昭和46年の設立当初から、重度の知的障害者を一生保護するという事業を続け、累犯障害者を受け入れ始めたのは平成20年。独立行政法人になって事業の見直しを迫られてからだ。民間施設で累犯障害者に支援が届きにくいケースがあれば職員を派遣し、福祉関係者らに助言や研修を行う。
自動車盗の常習累犯窃盗罪に問われながら、重度の知的障害で精神年齢が「4歳7カ月」と鑑定され、平成25年8月に1審京都地裁で無罪とされた京都市内の男(37)=検察側が控訴=に関しても、職員は京都に赴いて福祉関係者に助言した。社会に戻っていた男が今年2月、再び自動車を盗んだとして逮捕された事態を重くみたためだ。
男は同罪で起訴され、京都地裁で公判中。逮捕まで母親と暮らし、通所施設に通っていた男の今後について、職員は母親から離して入所施設で処遇することが望ましいと伝えた。ただ、その助言が生かされるめどは立っていない。親子が同居を望んでいるという。
職員は言う。「本人の意思がなければ思い通りの支援はできない。福祉の限界とは言いたくないが、とても難しいケースだ」
更生した累犯障害者が再び刑務所に送られず生きていく道はあるのか。8月12日に言い渡される男の控訴審判決を前に、福祉の役割を考える。
2014.8.8 07:00 MSN産経ニュース
昨年6月までの約2年間、スーパーで食品を万引した窃盗罪で服役していた。20代のころにはカッターナイフを持って消費者金融に押し入り、強盗罪で有罪判決を受けている。約30年の空白期間を経た2つの犯行の動機を、男性はいずれも「お金に困ったから」と簡単に説明した。
かりそめの自由
どんな犯罪者であれ、たとえ再犯を重ねる知的障害者、いわゆる「累犯障害者」であっても、刑期を終えれば社会で自由に生きる権利がある。それでも男性は刑務所職員の勧めを聞き入れ、出所後、自ら福祉施設に保護を求めた。
国立の入所施設「のぞみの園」(群馬県高崎市)。民間の施設が他の障害者に配慮して受け入れを避ける傾向にある中、園内の自活訓練ホームを累犯障害者の専用としている。他人や社会への信頼感を育て、自立のためのスキルを学ばせる数少ない施設で、モデルケースと位置づけられる。
入所者に向けられる監視カメラや居室に閉じ込める鍵はない。それでいて、東京ドーム約50個分(約232万平方メートル)の敷地と周囲に広がる山林は、刑務所の塀と同じくらい険しい。
世間から隔絶された場所で与えられるかりそめの自由。「職員さんは優しいし、楽しく過ごしています」。男性はまるで「楽園」で暮らすかのように穏やかな表情を見せる。
制圧しない職員
入所者たちの生活は規則正しい。起床は午前6時。自主的にラジオ体操をした後で朝食をとる。午後3時半まで延々と畑仕事を続け、8時半からのミーティングで日記を発表し合う。
ある入所者の日記には「まじめにがんばります。もっとがんばりたいです。悪い人とつきあうのをやめます」とあったが、職員は冷静に受け止める。「彼らは嘘がうまく、私たちをしょっちゅう裏切る」
ホームの目的は、あくまで累犯障害者を社会へ戻すこと。刑罰を与えて反省を促し再犯を防ぐ刑務所とは、根本的に役割が異なる。例えば、入所者の反抗やとっぴな行動で身の危険を感じたとき、職員はその場から逃げるというのだ。
刑務所のように制圧しない理由を、職員はこう明かす。「福祉は受ける側の希望と同意が必要なサービス。手を出すことは契約にないし、出してしまえば福祉でなくなる」
京都の男にも
累犯障害者の受け入れを最長2年と区切り、定員7人に職員6人がほぼマンツーマンでつく。施設全体が得る国からの交付金は、今年度で19億円。全国の福祉関係者にとっても、のぞみの園は「楽園」だ。
昭和46年の設立当初から、重度の知的障害者を一生保護するという事業を続け、累犯障害者を受け入れ始めたのは平成20年。独立行政法人になって事業の見直しを迫られてからだ。民間施設で累犯障害者に支援が届きにくいケースがあれば職員を派遣し、福祉関係者らに助言や研修を行う。
自動車盗の常習累犯窃盗罪に問われながら、重度の知的障害で精神年齢が「4歳7カ月」と鑑定され、平成25年8月に1審京都地裁で無罪とされた京都市内の男(37)=検察側が控訴=に関しても、職員は京都に赴いて福祉関係者に助言した。社会に戻っていた男が今年2月、再び自動車を盗んだとして逮捕された事態を重くみたためだ。
男は同罪で起訴され、京都地裁で公判中。逮捕まで母親と暮らし、通所施設に通っていた男の今後について、職員は母親から離して入所施設で処遇することが望ましいと伝えた。ただ、その助言が生かされるめどは立っていない。親子が同居を望んでいるという。
職員は言う。「本人の意思がなければ思い通りの支援はできない。福祉の限界とは言いたくないが、とても難しいケースだ」
更生した累犯障害者が再び刑務所に送られず生きていく道はあるのか。8月12日に言い渡される男の控訴審判決を前に、福祉の役割を考える。
2014.8.8 07:00 MSN産経ニュース