「810円持っていて、おなかがペコペコです。スーパーに行ったら何を買いますか?」「うん。たばこ」「たばこ? おなかペコペコなのに?」「うん」
5月下旬、累犯障害者を受け入れる「のぞみの園」(群馬県高崎市)の自活訓練ホームで、4月に入所したばかりの20代の女性が授業を受けていた。テーマは「お金の正しい使い方」。社会で生きていくための知恵を教わるのだ。
真剣なまなざしでメモを取る女性には、軽度の知的障害がある。講師からの質問にかみ合う答えを出せない。過去に財布をなくしたなどと嘘をつき、人から金をだまし取る寸借詐欺で3度有罪判決を受けたことは、想像できなかった。
入所者にとって「楽園」であるはずののぞみの園で、女性は“脱走”を試みた経験がある。「地元に帰りたい」と荷物をまとめて居室の窓から抜け出し、近所を散歩していた住民に見つかって連れ戻された。
共同生活に慣れ始めると、今度は男性の部屋に忍び込もうとした。かつては家出を繰り返し、出会い系サイトで知り合った男性たちと行動をともにするなど、男性依存の傾向が根深いと職員はみている。
のしかかる責任
この職員が心配するのは、女性が施設を出た後の暮らしだ。依存心を逆手にとった男たちが月数万円の障害者年金に群がり、女性が無一文になれば、衝動的に再犯に走る可能性は捨てきれない。「知的障害者は犯罪者に狙われやすい。そこから今度は自分が犯罪の泥沼に入り込むこともある」と職員は警戒する。
だが、犯罪の連鎖を断ち切るためのまっとうな支援が、皮肉にも別の犯罪を引き起こすこともある。
入所者の50代の男性は、施設内で禁止されていた喫煙が見つかり、夜中に施設を抜け出した。所持金は数百円。約30キロ離れた民家で食べ物をあさっていたところを住人に見つかり、住居侵入と窃盗未遂容疑で逮捕された。
職員は「彼は根が真面目で気が小さい。たばこを吸ったことが私たちへの裏切りだと思い、居づらくなったのだろう」とかばったが、男性の逮捕は9回目。常習累犯窃盗罪での前科もあり、起訴されれば実刑は確実視された。
にもかかわらず、検察当局は男性を不起訴処分にした。のぞみの園で支援が十分に得られると見込んだのだ。刑務所よりも再犯防止に役立つと評価されたのぞみの園には、重い責任がのしかかったといえる。
5分の1が再犯
なぜこうも“脱走”が相次ぐのか。モデルケースともされる「楽園」での自立支援は無力なのか。
驚くべき数字がある。のぞみの園が累犯障害者を受け入れ始めた平成20年からの6年間の入所者19人のうち、地域社会へ戻ったのは15人。このうち3人は再び罪を犯して刑務所で服役しているというのだ。
のぞみの園の小林隆裕・社会生活支援課長は「彼らには刑務所に入ることへの不安がない」と自立支援の難しさを語るが、「累犯障害者」(新潮文庫)の著者で元衆院議員の山本譲司氏は別の見方を示した。「社会から隔離された状況に置かれれば、ルールを守る意識が希薄になるのも当然だ」
山本氏は、累犯障害者の尊厳を大切にすることが重要だと説く。命令されているうちは、犯罪をせずに社会で生き抜く力を自分で身につけようとしないとした上で、こう提言した。
「今の福祉施設は刑務所と重なる部分がある。累犯障害者から選ばれる福祉に変わることが必要だ」
=続く 2014.8.9 07:00 MSN産経ニュース
5月下旬、累犯障害者を受け入れる「のぞみの園」(群馬県高崎市)の自活訓練ホームで、4月に入所したばかりの20代の女性が授業を受けていた。テーマは「お金の正しい使い方」。社会で生きていくための知恵を教わるのだ。
真剣なまなざしでメモを取る女性には、軽度の知的障害がある。講師からの質問にかみ合う答えを出せない。過去に財布をなくしたなどと嘘をつき、人から金をだまし取る寸借詐欺で3度有罪判決を受けたことは、想像できなかった。
入所者にとって「楽園」であるはずののぞみの園で、女性は“脱走”を試みた経験がある。「地元に帰りたい」と荷物をまとめて居室の窓から抜け出し、近所を散歩していた住民に見つかって連れ戻された。
共同生活に慣れ始めると、今度は男性の部屋に忍び込もうとした。かつては家出を繰り返し、出会い系サイトで知り合った男性たちと行動をともにするなど、男性依存の傾向が根深いと職員はみている。
のしかかる責任
この職員が心配するのは、女性が施設を出た後の暮らしだ。依存心を逆手にとった男たちが月数万円の障害者年金に群がり、女性が無一文になれば、衝動的に再犯に走る可能性は捨てきれない。「知的障害者は犯罪者に狙われやすい。そこから今度は自分が犯罪の泥沼に入り込むこともある」と職員は警戒する。
だが、犯罪の連鎖を断ち切るためのまっとうな支援が、皮肉にも別の犯罪を引き起こすこともある。
入所者の50代の男性は、施設内で禁止されていた喫煙が見つかり、夜中に施設を抜け出した。所持金は数百円。約30キロ離れた民家で食べ物をあさっていたところを住人に見つかり、住居侵入と窃盗未遂容疑で逮捕された。
職員は「彼は根が真面目で気が小さい。たばこを吸ったことが私たちへの裏切りだと思い、居づらくなったのだろう」とかばったが、男性の逮捕は9回目。常習累犯窃盗罪での前科もあり、起訴されれば実刑は確実視された。
にもかかわらず、検察当局は男性を不起訴処分にした。のぞみの園で支援が十分に得られると見込んだのだ。刑務所よりも再犯防止に役立つと評価されたのぞみの園には、重い責任がのしかかったといえる。
5分の1が再犯
なぜこうも“脱走”が相次ぐのか。モデルケースともされる「楽園」での自立支援は無力なのか。
驚くべき数字がある。のぞみの園が累犯障害者を受け入れ始めた平成20年からの6年間の入所者19人のうち、地域社会へ戻ったのは15人。このうち3人は再び罪を犯して刑務所で服役しているというのだ。
のぞみの園の小林隆裕・社会生活支援課長は「彼らには刑務所に入ることへの不安がない」と自立支援の難しさを語るが、「累犯障害者」(新潮文庫)の著者で元衆院議員の山本譲司氏は別の見方を示した。「社会から隔離された状況に置かれれば、ルールを守る意識が希薄になるのも当然だ」
山本氏は、累犯障害者の尊厳を大切にすることが重要だと説く。命令されているうちは、犯罪をせずに社会で生き抜く力を自分で身につけようとしないとした上で、こう提言した。
「今の福祉施設は刑務所と重なる部分がある。累犯障害者から選ばれる福祉に変わることが必要だ」
=続く 2014.8.9 07:00 MSN産経ニュース