●世界が変わる
「障害から解放される瞬間があるんです」
埼玉県滑川町の会社員、宮城好子さんはこう語る。7歳の時に失明、右耳も聞こえづらい。でも、伴走者と短いロープでつながり、一緒に街を走ると、世界が変わる。
「集中すると、1人で走っている感覚になる。葉っぱのざわめく音を聞くと、緑が見えるようです」
宮城さんがマラソンと出合ったのは10年前。三女の中学入学で子育てから少し解放され「何か趣味を持ちたい」と思った時、友達に勧められ、東京・代々木公園で障害者のマラソンを支援している「アキレスインターナショナルジャパン」の練習会に参加した。伴走者とともに走る視覚障害者や知的障害者、脳性まひのランナー……。さまざまな参加者と触れ合ううちに、マラソンそのものの魅力にとりつかれた。
「日常生活では白いつえをついていて、早歩きはできないけれど、走る時のスピード感は心地よい。魔法をかけられたみたい」
●ともに目指す喜び
伴走者も自らの楽しみを感じている。さいたま市の会社員、植松和義さん(58)は十数年前、マラソン大会の一般の部に参加しようとしたところ、障害者の部で伴走者が欠場し、急きょ「代役」で出場。その選手が優勝し「お役に立ててうれしかった」ことから、伴走にはまった。
マラソンは走っている間は苦しいが「(伴走で)相棒と走ると、時間があっという間。マラソンという個人競技で、2人で一つのものを目指す喜びは大きい」と、植松さんは目を輝かせる。
アキレスの創設は1995年。国内外のマラソン大会に出場してきたジャーナリストの大島幸夫さん(76)が、米ニューヨークに本部を持つアキレスの活動を知り、日本版を作った。
「障害者はもちろん、気持ちが落ち込んだ人、大病をした後の方など、みんなが励まし合える場にしたかった」と大島さん。今年、さまざまな障害を持ちながらともに走るメンバーの物語をまとめた「協走する勇者(アキレス)たち」(三五館、1470円)を出版した。「ともに走ることで、障害者への『上から目線』ではなく、みんな平等の『横から目線』になれる。気持ちも自由になるんです」
ウェブサイト「伴走どっとコム」(http://www.banso.com/)では、アキレスと同様の活動をしている各団体の連絡先や活動日程を紹介している。
●光でスタート
東京都立中央ろう学校6年(高等部3年)で、陸上部に所属する奥村泰人さん(18)は今年6月、関東ろう学校陸上競技大会の100メートル走で、11秒79と自己ベストを更新した。奥村さんの走りを支えているのが「光刺激スタートシステム」。ピストル音の代わりに、光でスタートの合図を出すシステムだ。
聴覚に障害を持つ短距離走選手は、補聴器でピストルの音を拾ったり、煙を見たりしてスタートしていたが、「風が吹いたり歓声が入ったりすると、ピストルの音が聞こえにくく不安だった」と奥村さん。「光のおかげで安心してスタートに集中できる。記録を縮めるのが今の楽しみ」と語る。
システムは昨年7月、同校の体育科教諭、竹見昌久さん(38)ら教員たちや、スポーツメーカーなどが協力して完成させた。スタート位置の足元にランプがあり、「位置について」で赤、「用意」で黄色に光り、スターターがピストルを鳴らすと同時に緑に変わる。竹見さんらは年内にも、このシステムを使った競技の記録を公式記録として認めるよう、日本陸上競技連盟に申請する考えだ。
「将来はあらゆる大会でこのシステムが使えるようになり、聴覚障害者と健常者が同じ条件で走れるようになってほしい」。竹見さんはそう願っている。
毎日新聞 2013年08月21日 東京朝刊
「障害から解放される瞬間があるんです」
埼玉県滑川町の会社員、宮城好子さんはこう語る。7歳の時に失明、右耳も聞こえづらい。でも、伴走者と短いロープでつながり、一緒に街を走ると、世界が変わる。
「集中すると、1人で走っている感覚になる。葉っぱのざわめく音を聞くと、緑が見えるようです」
宮城さんがマラソンと出合ったのは10年前。三女の中学入学で子育てから少し解放され「何か趣味を持ちたい」と思った時、友達に勧められ、東京・代々木公園で障害者のマラソンを支援している「アキレスインターナショナルジャパン」の練習会に参加した。伴走者とともに走る視覚障害者や知的障害者、脳性まひのランナー……。さまざまな参加者と触れ合ううちに、マラソンそのものの魅力にとりつかれた。
「日常生活では白いつえをついていて、早歩きはできないけれど、走る時のスピード感は心地よい。魔法をかけられたみたい」
●ともに目指す喜び
伴走者も自らの楽しみを感じている。さいたま市の会社員、植松和義さん(58)は十数年前、マラソン大会の一般の部に参加しようとしたところ、障害者の部で伴走者が欠場し、急きょ「代役」で出場。その選手が優勝し「お役に立ててうれしかった」ことから、伴走にはまった。
マラソンは走っている間は苦しいが「(伴走で)相棒と走ると、時間があっという間。マラソンという個人競技で、2人で一つのものを目指す喜びは大きい」と、植松さんは目を輝かせる。
アキレスの創設は1995年。国内外のマラソン大会に出場してきたジャーナリストの大島幸夫さん(76)が、米ニューヨークに本部を持つアキレスの活動を知り、日本版を作った。
「障害者はもちろん、気持ちが落ち込んだ人、大病をした後の方など、みんなが励まし合える場にしたかった」と大島さん。今年、さまざまな障害を持ちながらともに走るメンバーの物語をまとめた「協走する勇者(アキレス)たち」(三五館、1470円)を出版した。「ともに走ることで、障害者への『上から目線』ではなく、みんな平等の『横から目線』になれる。気持ちも自由になるんです」
ウェブサイト「伴走どっとコム」(http://www.banso.com/)では、アキレスと同様の活動をしている各団体の連絡先や活動日程を紹介している。
●光でスタート
東京都立中央ろう学校6年(高等部3年)で、陸上部に所属する奥村泰人さん(18)は今年6月、関東ろう学校陸上競技大会の100メートル走で、11秒79と自己ベストを更新した。奥村さんの走りを支えているのが「光刺激スタートシステム」。ピストル音の代わりに、光でスタートの合図を出すシステムだ。
聴覚に障害を持つ短距離走選手は、補聴器でピストルの音を拾ったり、煙を見たりしてスタートしていたが、「風が吹いたり歓声が入ったりすると、ピストルの音が聞こえにくく不安だった」と奥村さん。「光のおかげで安心してスタートに集中できる。記録を縮めるのが今の楽しみ」と語る。
システムは昨年7月、同校の体育科教諭、竹見昌久さん(38)ら教員たちや、スポーツメーカーなどが協力して完成させた。スタート位置の足元にランプがあり、「位置について」で赤、「用意」で黄色に光り、スターターがピストルを鳴らすと同時に緑に変わる。竹見さんらは年内にも、このシステムを使った競技の記録を公式記録として認めるよう、日本陸上競技連盟に申請する考えだ。
「将来はあらゆる大会でこのシステムが使えるようになり、聴覚障害者と健常者が同じ条件で走れるようになってほしい」。竹見さんはそう願っている。
毎日新聞 2013年08月21日 東京朝刊