◇社会復帰への居場所なく
福祉の支援を受ける機会がなく、生活困窮などから万引きや無銭飲食などの犯罪を繰り返す障害者や高齢者の存在が、「累犯障害者」として数年前に社会問題として表面化した。社会に居場所がなく、再犯を重ね、刑務所への入所を繰り返す−−そんな負のサイクルを断とうと、厚生労働省と法務省は、福祉と司法が連携した社会復帰支援を進めている。新潟での取り組みを紹介する。
「子どものころから、暮らしがずっとつらかったので、(刑務所では)自由はないけど、食べ物がなくてつらいということはなかった」。窃盗で2度有罪判決を受け、昨年3月に県外の刑務所を出所した30代の男性は、刑務所での生活を振り返った。現在は上越市の障害者福祉施設で暮らす。男性は統合失調症で、不眠や幻聴などに苦しんできたが、ようやく穏やかな生活を取り戻した。
男性は下越地方で生まれた。幼いころから、父親は酒を飲んでは母親に激しい暴力をふるった。両親は離婚し、男性は父の元に残った。家計は苦しく、高校を中退して家業を手伝ったが、横暴な父に耐えられなくなり、20代初めに家を出た。
知り合いのつてを頼って首都圏へ出て働いたが、生活をサポートしてくれる人がいない状況の中で病状は悪化。「何をやってもうまくいかない」まま時がたち、いよいよ生活が立ちゆかなくなった時、スーパーで弁当などを盗んだ。
当時、男性はホームレス状態で、空腹に耐えかねての犯行だった。窃盗容疑で逮捕され、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受ける。だが執行猶予中の2年後、再び飲み物などを盗み、今度は懲役1年4カ月の実刑判決だった。
法務省が06年に実施した特別調査(受刑者2万7024人対象)は刑務所の中に福祉の支援を必要とする人たちがいることを明らかにした。
調査によると、知的障害がある、もしくは知的障害が疑われる受刑者は410人。だが、知的障害者が福祉サービスを受ける際に必要な療育手帳を持っていたのは、わずか26人だった。
罪名は知的障害者、高齢者ともに窃盗が最も多く、無銭飲食や無賃乗車などの詐欺が次いだ。犯罪の動機は「生活困窮」が多かった。また、自立が困難な障害者と高齢者のうち約1000人は、出所後に家族や親類の受け入れ先がなく、社会復帰をするための居場所がないまま出所し、地域で生活ができず再犯を重ねざるを得ない実情が明らかになった。
県地域生活定着支援センターの仲介で施設で暮らし始めた男性は現在、アパートなどでの自立生活を目指し、生活費のやりくりや料理などを学んでいる。働きたいという思いも強い。焦る気持ちもあるが「これまで他人に相談をすることが自分には足りなかったのかもしれない」とも思い始めている。センターで男性を担当した坂井隆一相談員(41)は、男性の最終的な目標を「地域の中で自分の居場所を作り、地域で当たり前の暮らしをすること」と話す。
「累犯障害者」の存在が長年見過ごされていた背景には、罪を犯したことが福祉サービスからさらに遠のかせていたこともある。発達障害のある出所者を受け入れた経験がある下越地方の福祉施設の関係者は「受け入れてみれば、ごくごく普通の人だった」と振り返り、「穏やかに過ごせる環境整備さえすれば、問題はない」と話した。
■ことば
◇累犯障害者への社会復帰支援
累犯障害者の存在は、元衆院議員で秘書給与詐取事件で服役した山本譲司氏が刑務所での体験などをつづった著書「獄窓記」(03年)、「累犯障害者」(06年)がきっかけで表面化した。厚労省は2009年度に「地域生活定着支援事業」として、出所者を福祉サービスにつなげる制度を創設した。各都道府県に「地域生活定着支援センター」を設置。刑務所や保護観察所と協力し、出所後の福祉施設への入所など福祉サービスにつなげる。12年度からは「地域生活定着促進事業」として、利用後のフォローや相談事業などにも取り組んでいる。県内では全国で最後となる12年3月に開設され、これまで約40人が利用している。
毎日新聞 2014年01月21日 地方版
福祉の支援を受ける機会がなく、生活困窮などから万引きや無銭飲食などの犯罪を繰り返す障害者や高齢者の存在が、「累犯障害者」として数年前に社会問題として表面化した。社会に居場所がなく、再犯を重ね、刑務所への入所を繰り返す−−そんな負のサイクルを断とうと、厚生労働省と法務省は、福祉と司法が連携した社会復帰支援を進めている。新潟での取り組みを紹介する。
「子どものころから、暮らしがずっとつらかったので、(刑務所では)自由はないけど、食べ物がなくてつらいということはなかった」。窃盗で2度有罪判決を受け、昨年3月に県外の刑務所を出所した30代の男性は、刑務所での生活を振り返った。現在は上越市の障害者福祉施設で暮らす。男性は統合失調症で、不眠や幻聴などに苦しんできたが、ようやく穏やかな生活を取り戻した。
男性は下越地方で生まれた。幼いころから、父親は酒を飲んでは母親に激しい暴力をふるった。両親は離婚し、男性は父の元に残った。家計は苦しく、高校を中退して家業を手伝ったが、横暴な父に耐えられなくなり、20代初めに家を出た。
知り合いのつてを頼って首都圏へ出て働いたが、生活をサポートしてくれる人がいない状況の中で病状は悪化。「何をやってもうまくいかない」まま時がたち、いよいよ生活が立ちゆかなくなった時、スーパーで弁当などを盗んだ。
当時、男性はホームレス状態で、空腹に耐えかねての犯行だった。窃盗容疑で逮捕され、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受ける。だが執行猶予中の2年後、再び飲み物などを盗み、今度は懲役1年4カ月の実刑判決だった。
法務省が06年に実施した特別調査(受刑者2万7024人対象)は刑務所の中に福祉の支援を必要とする人たちがいることを明らかにした。
調査によると、知的障害がある、もしくは知的障害が疑われる受刑者は410人。だが、知的障害者が福祉サービスを受ける際に必要な療育手帳を持っていたのは、わずか26人だった。
罪名は知的障害者、高齢者ともに窃盗が最も多く、無銭飲食や無賃乗車などの詐欺が次いだ。犯罪の動機は「生活困窮」が多かった。また、自立が困難な障害者と高齢者のうち約1000人は、出所後に家族や親類の受け入れ先がなく、社会復帰をするための居場所がないまま出所し、地域で生活ができず再犯を重ねざるを得ない実情が明らかになった。
県地域生活定着支援センターの仲介で施設で暮らし始めた男性は現在、アパートなどでの自立生活を目指し、生活費のやりくりや料理などを学んでいる。働きたいという思いも強い。焦る気持ちもあるが「これまで他人に相談をすることが自分には足りなかったのかもしれない」とも思い始めている。センターで男性を担当した坂井隆一相談員(41)は、男性の最終的な目標を「地域の中で自分の居場所を作り、地域で当たり前の暮らしをすること」と話す。
「累犯障害者」の存在が長年見過ごされていた背景には、罪を犯したことが福祉サービスからさらに遠のかせていたこともある。発達障害のある出所者を受け入れた経験がある下越地方の福祉施設の関係者は「受け入れてみれば、ごくごく普通の人だった」と振り返り、「穏やかに過ごせる環境整備さえすれば、問題はない」と話した。
■ことば
◇累犯障害者への社会復帰支援
累犯障害者の存在は、元衆院議員で秘書給与詐取事件で服役した山本譲司氏が刑務所での体験などをつづった著書「獄窓記」(03年)、「累犯障害者」(06年)がきっかけで表面化した。厚労省は2009年度に「地域生活定着支援事業」として、出所者を福祉サービスにつなげる制度を創設した。各都道府県に「地域生活定着支援センター」を設置。刑務所や保護観察所と協力し、出所後の福祉施設への入所など福祉サービスにつなげる。12年度からは「地域生活定着促進事業」として、利用後のフォローや相談事業などにも取り組んでいる。県内では全国で最後となる12年3月に開設され、これまで約40人が利用している。
毎日新聞 2014年01月21日 地方版