ひとり親家庭のうち、父子家庭はおよそ15%を占める。「収入が安定している」とみられ、長らく支援の対象とされていなかったが、母子家庭並みに支援メニューが広がってきた。雇用状況の悪化で就労が不安定な父親が増えたことが背景にあるが、施策が当事者に知られていないなど課題もある。
■収入も睡眠も減
昨年末、父子家庭に朗報が舞い込んだ。厚生労働省が、母子家庭限定だった母子福祉資金を父子家庭にも広げる方針を決めたのだ。開会中の通常国会に法改正案を提出し、10月の施行を目指す。
母子福祉資金は、子どもの修学や事業を始める準備などの資金を無利子または低利子で借りられる制度だ。小学生の子ども3人を育てる兵庫県内のプログラマーの男性(37)は「将来の選択肢が広がった」と喜ぶ。
男性は7年前、専業主婦だった妻と離婚し、当時5歳、3歳、1歳だった子どもを引き取った。職場は残業を減らすなど配慮してくれたが、勤務時間の減少で年収が約100万円減った時期もある。
離婚後、睡眠時間は1日7時間から4時間になった。子どもたちが寝た後、たまった家事を片づける。仕事の繁忙期は一度帰宅し、子どもに夕食を食べさせ、入浴させてから実家に預け、再び会社へ。託児や家事代行の費用までは工面できないのが現状だ。
学資保険にも入っているが、これからかかる3人分の教育費を思えば「実際利用するかは分からないが、困った時は福祉資金の制度があると思えると助かる」と話す。
厚労省がおよそ5年ごとに実施している全国母子世帯等調査によると、2011年の父子家庭は推計約22万世帯。93年の調査時から1・4倍増えた。
調査によると、父子家庭の生活は安定していると言い難い。9割以上の父親が働いているが、非正規労働者の割合が、03年4%▽06年6%▽11年10%−−と年を追うごとに増加。10年の父子家庭の平均年収は455万円で、児童のいる世帯全体の約7割だ。働いている父の手当などを含めない平均就労年収は377万円で、パート、アルバイトに限ると175万円に過ぎない。住宅ローンを抱える「隠れ貧困」も指摘される。
こうした状況から、父子家庭への支援は児童扶養手当(10年)▽高等技能訓練促進費、自立支援教育訓練給付金(13年)−−とこの数年で大きく広がった。東日本大震災で妻を亡くした父子家庭がクローズアップされたことなどから年金制度も見直され、今年4月からは母子家庭のみだった遺族基礎年金も支給される。
■「母子」名称を変更
ネックは肝心の当事者に制度が知られていないことだ。前述の厚労省の調査では、例えば家庭生活支援員について98%の父親が利用したことがなく、うち44%が制度自体を知らなかった。
支援策の名称に「母子」とつくものが多く、父子も対象であることが分かりづらい−−。こうした当事者の声を受け、厚労省は1月の社会保障審議会の児童部会で、支援制度を規定する母子・寡婦福祉法の名称に「父子」を追加する方針を示した。生活の相談に乗る母子自立支援員も「母子・父子自立支援員」に変更する。
男性の育児に詳しい神戸常盤大学の小崎恭弘准教授(児童福祉)は「名称の変更は評価したい」としつつ、「『強くあらねばならない』との価値観にとらわれ、悩みを周囲に話せない男性は少なくない。男性の支援員を増やすなど、より相談しやすい環境を整えるべきだ」と話す。
自分からSOSを出せない父親の孤立も課題だ。昨年9月、東京都江東区で、4人の子どもを1人で育てていた父親が当時5歳の長男を殴って死なせたとされる事件が起きた。父親は勤めていた建設会社が倒産して無職となり、生活保護を受けていた。長男に手作り弁当を持たせ、幼稚園の行事には参加しながらも、近所付き合いはほぼなかったという。
NPO法人「全国父子家庭支援連絡会」(新潟県阿賀野市)の片山知行代表(42)は「相談できる人が1人でもいれば事件は防げたのでは」と話す。父子家庭の当事者団体はまだ少ない。冒頭の男性は2〜3カ月に1度、父子家庭の集まりに参加しているが「たまに会って愚痴を話したり、情報交換できたりする場があるのはありがたい」と言う。片山さんは「父子家庭の父が参加しやすいコミュニティーづくりを進めたい」と話している。
◇育児可能な労働環境も必要
長時間労働や転勤が当然視される男性の労働環境自体の改善を求める声も上がる。厚労省が2011年に実施した父子家庭の調査では、24%の父親が父子家庭になったことを機に転職しており、理由は「労働時間が合わない」が多かった。
「宮城県父子の会」(仙台市)の村上吉宣代表(34)は「育児を担ってきていない今の管理職世代は特に男性への視線が厳しくなりがち」と指摘。「育児と家事が両立できる男性の働き方や価値観がもっと広がれば、父子家庭の父親ももっと楽になるはずだ」と話す。
毎日新聞 2014年02月01日 大阪朝刊
■収入も睡眠も減
昨年末、父子家庭に朗報が舞い込んだ。厚生労働省が、母子家庭限定だった母子福祉資金を父子家庭にも広げる方針を決めたのだ。開会中の通常国会に法改正案を提出し、10月の施行を目指す。
母子福祉資金は、子どもの修学や事業を始める準備などの資金を無利子または低利子で借りられる制度だ。小学生の子ども3人を育てる兵庫県内のプログラマーの男性(37)は「将来の選択肢が広がった」と喜ぶ。
男性は7年前、専業主婦だった妻と離婚し、当時5歳、3歳、1歳だった子どもを引き取った。職場は残業を減らすなど配慮してくれたが、勤務時間の減少で年収が約100万円減った時期もある。
離婚後、睡眠時間は1日7時間から4時間になった。子どもたちが寝た後、たまった家事を片づける。仕事の繁忙期は一度帰宅し、子どもに夕食を食べさせ、入浴させてから実家に預け、再び会社へ。託児や家事代行の費用までは工面できないのが現状だ。
学資保険にも入っているが、これからかかる3人分の教育費を思えば「実際利用するかは分からないが、困った時は福祉資金の制度があると思えると助かる」と話す。
厚労省がおよそ5年ごとに実施している全国母子世帯等調査によると、2011年の父子家庭は推計約22万世帯。93年の調査時から1・4倍増えた。
調査によると、父子家庭の生活は安定していると言い難い。9割以上の父親が働いているが、非正規労働者の割合が、03年4%▽06年6%▽11年10%−−と年を追うごとに増加。10年の父子家庭の平均年収は455万円で、児童のいる世帯全体の約7割だ。働いている父の手当などを含めない平均就労年収は377万円で、パート、アルバイトに限ると175万円に過ぎない。住宅ローンを抱える「隠れ貧困」も指摘される。
こうした状況から、父子家庭への支援は児童扶養手当(10年)▽高等技能訓練促進費、自立支援教育訓練給付金(13年)−−とこの数年で大きく広がった。東日本大震災で妻を亡くした父子家庭がクローズアップされたことなどから年金制度も見直され、今年4月からは母子家庭のみだった遺族基礎年金も支給される。
■「母子」名称を変更
ネックは肝心の当事者に制度が知られていないことだ。前述の厚労省の調査では、例えば家庭生活支援員について98%の父親が利用したことがなく、うち44%が制度自体を知らなかった。
支援策の名称に「母子」とつくものが多く、父子も対象であることが分かりづらい−−。こうした当事者の声を受け、厚労省は1月の社会保障審議会の児童部会で、支援制度を規定する母子・寡婦福祉法の名称に「父子」を追加する方針を示した。生活の相談に乗る母子自立支援員も「母子・父子自立支援員」に変更する。
男性の育児に詳しい神戸常盤大学の小崎恭弘准教授(児童福祉)は「名称の変更は評価したい」としつつ、「『強くあらねばならない』との価値観にとらわれ、悩みを周囲に話せない男性は少なくない。男性の支援員を増やすなど、より相談しやすい環境を整えるべきだ」と話す。
自分からSOSを出せない父親の孤立も課題だ。昨年9月、東京都江東区で、4人の子どもを1人で育てていた父親が当時5歳の長男を殴って死なせたとされる事件が起きた。父親は勤めていた建設会社が倒産して無職となり、生活保護を受けていた。長男に手作り弁当を持たせ、幼稚園の行事には参加しながらも、近所付き合いはほぼなかったという。
NPO法人「全国父子家庭支援連絡会」(新潟県阿賀野市)の片山知行代表(42)は「相談できる人が1人でもいれば事件は防げたのでは」と話す。父子家庭の当事者団体はまだ少ない。冒頭の男性は2〜3カ月に1度、父子家庭の集まりに参加しているが「たまに会って愚痴を話したり、情報交換できたりする場があるのはありがたい」と言う。片山さんは「父子家庭の父が参加しやすいコミュニティーづくりを進めたい」と話している。
◇育児可能な労働環境も必要
長時間労働や転勤が当然視される男性の労働環境自体の改善を求める声も上がる。厚労省が2011年に実施した父子家庭の調査では、24%の父親が父子家庭になったことを機に転職しており、理由は「労働時間が合わない」が多かった。
「宮城県父子の会」(仙台市)の村上吉宣代表(34)は「育児を担ってきていない今の管理職世代は特に男性への視線が厳しくなりがち」と指摘。「育児と家事が両立できる男性の働き方や価値観がもっと広がれば、父子家庭の父親ももっと楽になるはずだ」と話す。
毎日新聞 2014年02月01日 大阪朝刊